ロイ・マスタングは正直に言って、彼のことが得意ではなかった。
子供らしかぬ子供はエドワード・エルリックで慣れているが、彼はまたその意味合いが違う。
国家試験のときに廊下で交わした会話は今もまだ記憶に新しい。
優秀だから出来るだけ手の内に置いておきたい。
けれど、それも危険だと思わせる。

はそんな子供だった。





センターライン





「アンタ、俺のこと調べただろ」
執務室に入ってくるなりそう言ったに、ロイは内心で溜息をつきたくなった。
目の前の少年は、美少女にしか見えない顔でニッコリと微笑んでいる。
ケースさえ違えば天使の微笑みに見えるそれも、今はただ迫力を増すだけで。
食えない子供だ、とロイは思う。
「たいした情報は出てこなかっただろ? 無駄足ゴクロウサマ」
「・・・・・・どうして判った?」
「勘。っていうのもアレだから、状況を鑑みた結果にでもしとく」
「状況、か」
おそらくロイが素直に認めるだろうことも予想の範囲内だったのだろう。
はサラリと流すと、可愛らしい顔で楽しそうに微笑んだ。
「アンタが俺をどうこうしようと思わない限り、俺はアンタの敵には回らないだろうから。それだけ注意しといて」
「君が敵に回ったらこちらは中尉を出すしかなくなるな」
「そう言うと思ったからもう一つ教えとく」
机越しに座っているロイを見下ろして。
の顔から微笑が消える。感情の見えない能面になって。
落とされる声は冷ややかな毒を含んだものだった。

「エドとアルとリザさん。この三人に危害を加えたときは、アンタの死ぬ時だと思っとけ」

警告なんて可愛いものじゃない。それは完全な宣告だった。



が部屋に入ってきたときと同じように笑顔で出て行くのを見送って、ロイはようやく態度に表して溜息をついた。
もぞもぞ、と視界の隅で動く気配に視線をやれば、椅子の横―――ロイの机と窓の間にある、執務室で一番日の当たる場所から、金色の瞳がこちらを見ていて。
「・・・・・・大佐、に嫌われてんじゃねーの?」
エドの言葉に、ロイは業とらしく肩を竦める。
「どうやらそのようだ」
「陰でこそこそ調べたりしてるからだろ。誰だってそんなことされたらムカツクに決まってる」
「彼にそれだけの価値があると思っているのだよ、私は」
ロイが珍しく他人を誉めるのを聞いて、逆にエドは胡散臭そうに眉を顰めた。
「・・・・・・駒は俺だけで十分だろ。にまで手ぇ出すな」
「優秀な味方は何人いても困らない。むしろ中尉がいる限り、彼はこちらを見殺しにすることは出来ないだろう」
それとさっき彼が言ったように君達が私の側にいる限りは、と続けられた言葉に、エドはきつい眼差しをロイへ向ける。
に何かすれば、俺が黙っちゃいない」
「・・・・・・まったく」
まっすぐな目を向けられて、ロイは溜息をついた。
床に座り込んでいるため丁度良い位置にあるエドの頭をよしよしと撫でて。
「君達は本当にラインの轢き方が似ている」
「ライン?」
不思議そうに首を傾げるエドに一つ頷いて。
「『大切な人は何があっても守る』と決めているところが―――だよ」
残念ながら私はのライン内には入れていないようだけれど、と言ってロイは笑った。



大切なものをこれ以上失いたくないエドワード。
初めて得られた大切なものを守りたい
二人はとても良く似ている。
ただ、その強さの在り方が違っただけで。
満たされるということを知っている人間は強い。
そして。
餓えを知っている人間は、また別の強さを手に入れる。
エドを前者とするのなら、は間違いなく後者だった。
だからこそ二人は引かれ合ったのかもしれない。



どちらにせよ厄介なことだ、などと思いながらロイは万年筆を握る。
「・・・・・・大佐」
「何かね」
「眉間に皺」
下から指摘された事柄に思わず目を丸くして、次いでロイは笑った。
エドは手元の資料をめくりながら不可解そうに首を傾げて。
「何では大佐のことが嫌いなんだろうな? 利用出来るものは利用するって性格のからすれば、大佐は都合がいいのに」
「好きと都合がいいは全く別だろう、鋼の。――――――まぁ彼が私を嫌う理由は判るけれどね」
「何?」
見上げてくるエドにロイは楽しそうに笑いかけた。
それは不肖の弟を可愛がる兄のように、微笑ましい表情を浮かべて。
金色の髪をかき混ぜながら言う。



「彼の大切なものがすべて、私の手の中にあるからさ」





2003年11月26日