「任務は国家転覆を画策している『白の団』の殲滅」
「・・・・・・皆殺しですか」
「髪の毛一本残さずに奴らの痕跡を消せ」
「さすがに戸籍なんかは無理なんですけれど」
「それはこちらでやろう。君は奴らの存在を無に帰してくれればそれでいい」
「判りました」
「健闘を祈る」
隻眼の男は、笑って命令した。
月の下の少年
極秘任務のため、青の軍服ではなく夜に溶ける黒のコートを支給された。
サイズがピッタリのそれに腕を通して、は軍を出る。
白の団の本拠地は人里から離れたところにあるらしい。
ちょうどいい、などと思いながらは夕暮れの街を歩いていた。
並ぶ店先で適当に夕飯を見繕いながら。
一番最初に罪を犯したのは、いったい何時だったのだろう。
ブラブラと時間を潰しながら街を後にする。
最初にリーダーがいて、武器の集められている本拠地を潰す。
街中にある連絡拠点はその後で消せばいい、なんて考えながら。
一番星を見上げながら、は先程買ったパンを取り出して食べた。
黒のコートが、闇に同じ始める。
パンを盗んだ。
鞄を奪った。
恐喝もしたし、身売りもした。
でなければ、生きれなかった。
遠くに見える街の灯が、ほとんど見えなくなっている。
コートは完全に夜に溶け、今はの透き通る肌が浮かぶだけ。
それも月光に照らされて青褪めて見える。
闇と同じ色の瞳で、は目の前の建物を見上げた。
古ぼけた工場跡の廃屋。
隠されている人の気配に薄く笑う。
一つ深呼吸して、手を合わせた。
――――――人を殺すために。
初めて自分に力があると気づいたのは、8歳のときだった。
その日一日を生きることで精一杯だったから、錬金術なんてものはその存在さえも知らなかった。
床に描かれている訳の判らない模様に手を置いて、そして、初めての錬成。
自分が、神なのだと思った。
ズズッと廃屋が揺れる。
地面にある土を持ってして、すべての出入り口を塞いだ。
減った土の分だけ、廃屋が低く埋まる。
の錬金術は、等価交換が如実に現れるものだった。
構造を理解し、新しく何かを創る。
そのためには、同じ原子を必要とする。
近くにあるもので、それを成す。
創りたいものの構造さえ判り、それを成す原子がありさえすれば、は何でも創り出すことが出来る。
だからこそ、ついた二つ名は『万物』だった。
闇に戸惑う悲鳴が聞こえる。
は廃屋の屋根に上がると、空気中の水素を集めて水を創り出す。
そして、流し込んだ。
自分は人とは違うのだと思った。
何でも意のままに創ることが出来る。
それは神様が与えてくれた力なのだと思った。
世界の流れを、構成する力。
そして僕は、大罪を犯す
水責めにされて中にいる人間はすべて窒息死しただろう。
のんびりと月を見上げながらは考える。
何だか少しだけ機械鎧の両足が痛いけれど、これもきっと罪悪感。
あの日もたしか、満月だった。
「あららーまさかマジで創っちゃうとはね」
男は笑いながら自分を見下ろしていた。
「ラスト、これ食べてもいい?」
溢れる血を楽しそうに眺めていた。
「ダメよ、グラトニー。この子は大切な人柱なんだから」
含むように嘲っていた。
脚はなくて。
血だけがあって。
叫びの向こうに望むものがあった。
ずっと、欲しかったものが。
「どうする? コレ、壊しちゃうのは簡単だけど勿体無くない?」
「そうね。賢者の石もなくてよくここまで作れたものだわ」
「それだけこのガキが優秀ってことか。いい人柱になりそうじゃん?」
「まだ10歳なのにね。・・・・・・エンヴィー」
男が、近づいてきて。
痛みに白ける視界の中で、おぼろげに顔が見えた気がする。
楽しげに引かれた、口元とか。
「よく出来たご褒美に、いいモノあげるよ?」
見なれた光が満ちて、眩しいけれど、目を閉じたら終わりだと思った。
死にたく、なかった。
なんて醜い。
「これはもらっていくわね。あなたにはまだ早い代物だから」
「もう二度と余計なことは考えない方がいいよ? でないと脚だけじゃ済まないかも」
「せいぜい人柱になるまで生き抜いて頂戴」
「じゃーね、頑張って」
欲しかったものを、創りあげたものを、脚を賭して得たものを。
それとあいつらは奪っていった。
残されたのは、錬成された鋼の両足。
必ず取り戻してやると、血の中で誓った。
両手を合わせ、廃屋へとつける。
物質の構造は理解している。あとはそれで不自然じゃない景色を創り出すだけ。
溺れ死んだ人々の身体を木々に、古ぼけた建物を大地に、溢れている水を風に。
代えて、消す。
溜息の後、そこには何も残っていなかった。
月があって、大地があって、木々があって、風が葉を揺らす。
それ以外に、何もなかった。
こうして俺は、罪を冒し続ける
「・・・・・・内緒に、しててね」
月に向かって、は言った。
2003年11月15日