「よぉ、ロイ!」
観客席への階段を上がっている最中に声をかけられ、ロイは振り向いた。
見れば廊下の向こうからこちらへ歩いてくるのは、腐れ縁で親友のヒューズで。
「ヒューズか。仕事中じゃないのか?」
「下に押し付けてきた。何でも15歳の子供が国家錬金術師の試験を受けるって聞いてな。エドのときは見れなかったが、今度はちゃんと見とこうと思ってよ」
「上司の娯楽に付き合わされる部下は散々だな」
「おまえにだけは言われたかねぇよ」
二人して笑いながら階段を上がりきって、二階席から階下を見下ろす。
広い室内に、子供が一人と軍人が数名。
ヒューズは件の国家錬金術師候補を見て目を丸くした。
「こりゃまた・・・・・・」
「外見に惑わされない方がいいぞ」
ロイは苦い溜息を噛み殺しつつ忠告した。
「アレは、とんでもない子供だ」
万物の錬金術師
目の前の翻る軍旗。
その前に立っている隻眼の男を眺めながらは思った。
エドが指摘したって聞いてたのに試験方法が全然変わってない、と。
だが、隻眼の男こと大総統閣下はを見下ろして一つ頷く。
「おやおや、今回の受験者はずいぶんと・・・・・・」
「可愛いとか言ったら泣かすぞ、オッサン」
の無礼な言葉にザワッとその場が揺れて、両脇に立っている軍人が顔色を変えた。
「閣下になんてことを・・・・・・!」
「今すぐ謝罪しろ!」
けれど騒ぐ彼らを、総統は手首一つの動きで黙らせて。
そして子供へと向ける笑みでに謝った。
「いや、君は男の子だったな。失言だった」
「別に。今後気をつけてくれればいいけど」
「判った。気をつけることにしよう」
親子程の年が離れている二人が対等のように話している様子を見て、軍人たちは顔を青くさせ、二階から見ているロイとヒューズは苦笑を浮かべる。
「・・・確かに、こりゃとんでもないガキだ」
ヒューズの呟きと同時に、総統による試験開始が告げられた。
「緊張しなくてもいいぞ。錬成陣を描く道具は持ってるか?」
緊張も何も、と問い掛けた兵士でさえも思ったが、とりあえず型通りに試験が始まる。
は黒髪を適当に払って、まっすぐに視線は総統へと向けたまま話しかけた。
「オッサン、俺に何を錬成して欲しい? 今日から軍属の身になるんだからね。アンタの好きなものを錬成してあげるよ?」
ざわめき続ける場と、うっすらと片目を開く総統には微笑んで。
「アンタの望み通りのものを錬成してやるよ。それが例え金だろうが―――人だろうがね」
『人を作ってはいけない・金を作ってはいけない・軍に忠誠を誓うべし』
国家資格を持つものに突きつけられる三大原則。
それすらも無視すると少年は言う。
大総統閣下へ、忠誠の証として。
場が静まり、誰かの唾を飲み込んだ音がやけに大きく響いた。
まっすぐに向けられてくる視線に総統はふっと目を緩めて口を開く。
「ならば、飲み物でも頼むとするかな。ちょうど喉が乾いていた所だ」
「イエス・サー。今しばらくお待ち下さいませ」
うやうやしく頭を下げて、が両手を持ち上げる。
まるで舞いでも踊るかのように優雅な動作でパン、と手を鳴らした。
そしてそのまま腕を伸ばす。
両手の親指と人差し指で三角形を創り、その中に場を映す。
錬成陣など必要ない。
輝き始めた床に兵士たちが身体を引く。
高い位置にいるロイとヒューズは息を呑みながらも身を乗り出して。
総統は悠然と立ったまま、錬成されていく物を見ていた。
始めに、薄いガラスで作られた繊細なグラス。
次いで、広がる赤いテーブルクロス。
そしてそれ押し上げるように机がせり上がって。
上等な作りのテーブル脚が、布の間から覗く。
はもう一度手を鳴らして腕を伸ばした。
今度はその三角形の中に空のグラスを収め置いて。
底に、赤い点が浮かぶ。
だんだんと量を増して、揺れるように水面が上がって。
波々と現れた液体は零れる少し前に停止した。
が笑う。
「赤ワインです。どうぞ、総統閣下」
そしてもう一度、今度は唇を歪めてひどく楽しそうに笑った。
まるで女のように艶やかに。
「あぁでも、閣下は今は勤務中でいらっしゃるから、アルコールは飲めないんでしたっけね?」
これは失態、とはゆるやかに首を傾げて。
可愛らしい容姿をした少年は、その場にいた大人たちを全員見回して笑った。
そして自ら作り出したアルコールを、一口。
この一週間後、は『万物の錬金術師』という二つ名を戴くことになる。
2003年10月29日