理解・破壊・再構築。
それが錬金術の基本であり全て。
世界の流れを知り、それを受け流す。
決して逆らうことは許されない。
定められた一線を越えてしまった者には、容赦のない罰を。
何を引き換えにして、何を得る?
少年は、絶対にしてはいけない罪を犯してしまった。
森羅万象
「大佐、いるー?」
案内の兵士を「知ってるから」の一言で切り伏せて、エドワード・エルリックは東方司令部に顔を出した。
その後ろにはいつものように鎧の弟を連れて。
そして今日は珍しく・・・・・・というか、東方司令部に顔を出すようになって早数年、彼は初めて弟以外の人物を連れていた。
大柄な鎧のアルフォンスに遮られて見えないが、その存在の気配を感じながらロイ・マスタングは顔を上げる。
「・・・・・・鋼の。君は挨拶くらいまともに出来ないのかね?」
「コンニチハ、マスタング大佐」
「はいコンニチハ、エルリック君」
言葉遊びのような会話が交わされて、それでも彼らが笑みを浮かべているということは、これが日常なのだろう。
アルフォンスとも挨拶―――こちらは棒読みではなく普通の―――を交わしているロイに、エドは軽い口調で話しかける。
「あのさ、国家錬金術師の試験を受けさせたい奴がいるんだけど」
「・・・・・・何だって?」
「だーかーらー。国家錬金術師に推薦したい奴がいるんだってば!」
耳が遠くなったのか? などという失礼な言葉は綺麗に流して、ロイはたった今言われたばかりの言葉を自分の中で処理する。
心なしか目を細めてロイは目の前の錬金術師を見上げた。
「実力は?」
「折り紙付き」
「君がそこまで言うのなら考えてもいいが・・・・・・」
ふむ、と考え込むそぶりを見せるロイを余所に、エドはアルフォンスの影に隠れている人物を呼んだ。
「、オッケー出たぞ!」
話の展開からいって、きっとエドが連れてきた人物がそうだとは思っていたのか、ロイが視線を動かして。
アルフォンスがその巨体を横にずらすと、エドよりも少しだけ背の高い人影が見えて。
「・・・・・・・・・」
微妙な沈黙の後、ロイは信じられないように呟いた。
「・・・こんなに可愛らしい少女が軍の狗に・・・・・・!?」
「可愛いって言うなっ! 俺は男だ!!」
エドとアルだけでなく、その場にいた軍の面々でさえ惚れ惚れとしてしまうような回し蹴りがロイへと決まった。
初対面、最悪。
「だから嫌だって言ったんだよ。こんな奴に借り作るくらいなら国家錬金術師になんかならなくていい。今までだってどうにかやってこれたんだから、これからもどうにかやっていけるだろうし」
脳天直撃の蹴りを食らって倒れこんでいるロイを視界から排除し、可愛らしい顔の少女―――ではなく少年は、その顔に似合わない不機嫌そうな表情を浮かべてブツブツと文句を募らせる。
同じようにロイを排除しているエドはさらりと反論して。
「でも国家錬金術師になると貴重な資料とか見せてもらえるんだぜ?」
「そんなのエドに借りてもらえばいいし」
「俺は借りないぞ。の探し物なんだからが探せよ」
「・・・・・・友達甲斐のない奴」
「それに予算も支給されるから金に困ることはないし、軍の施設とかで寝泊りも出来るから余計に金が貯まるし」
「む・・・」
「そりゃ確かに、何かあったら軍の命令に従わなきゃならないけどさ。でもは別に『軍の狗』になるのが嫌なわけじゃないだろ?」
「まぁそりゃそうだけどさ」
自然な流れで頷いた少年に、アルフォンスの手を借りてようやく身を起こしたロイは軽く瞠目する。
誰もが考えずにはいられない『軍属の身になる』ということを、サラリと受け止めてみせた少年。
長めで少しだけくせっ毛の黒髪。色白な肌と紅い唇。そして零れそうに大きな瞳。
少女にしか見えない可愛らしい顔とは裏腹に、その眼はまっすぐな光を灯していて。
あぁ、とロイは納得した。
これは、決意を載せている眼だ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・君、だね?」
「その長い沈黙は一体何?」
キランっと光った目で見られ、ニ撃目の飛んでこない位置からロイが問い掛ける。
「見たところは鋼のと同じくらいだが、年はいくつだい?」
「見かけに違わずエドと一緒でピッチピチの15歳。アルよりは1コ上」
若さを強調されて、ピクリとこめかみを引きつらせるロイ(29歳)。
けれどはつん、と唇を尖らせてロイを見上げていて。
エドは楽しそうに、アルフォンスは軍部の面々と同じようにオロオロと二人の顔を見比べる。
「・・・・・・・・・顔に似合わず生意気そうだな」
「俺の顔がそんなに好みだった? 悪いね、女じゃなくって」
「全くだ。君が女性だったら迷わずに口説いていただろうに」
「残念だけど、俺の好みは綺麗で優しくて強い女だから。あいにくとアンタは範囲外。他をあたってくれる?」
「自分の顔を見てから物を言った方がいい。自分よりも可愛い男に女がついてくるとでも?」
「だから可愛いって言うな!」
エドに「小さい」が禁句なように、には「可愛い」が禁句なようである。
ただ、楽しそうに見物している兄の隣で、アルフォンスは「あれ?」と首を傾げた。
綺麗で
優しくて
強い女の人?
「・・・・・・・・・」
ロイVSの戦いの喧騒の中で、アルフォンスは鎧にも関わらずに冷やりと汗を流した。
しかし、そんなときほど問題とは起こってしまうものであって―――。
「あら、エドワード君にアルフォンス君。いらっしゃい」
書類を片手に執務室へと入ってきたリザ・ホークアイ中尉にエドが軽く会釈して応える。
「こんにちは、中尉」
「・・・・・・・・・こんにちは」
「こんにちは。・・・・・・ところで、アレは何かしら?」
視線のみで示される先では、いい年をした青年男子と、まだ年端もいかない美少女(の外見をした中身以下略)が真正面から至近距離で睨み合っている。
兄弟は困ったように顔を見合わせて、そしてエドが気まずそうに口を開いた。
「あー・・・・・・アイツは、・っていって、俺の友達で・・・」
「そう、可愛い男の子ね」
リザのその一言に、ロイと言い争っていたがものすごい勢いで振り向いた。
「・・・・・・・・・すみません、ワン・モア・プリーズ?」
「・・・・・・『可愛い男の子ね』?」
「後半部分を強調的に」
「『男の子ね』」
リザの言葉には大きな瞳を限界まで見開いて、そして嬉しそうに顔を綻ばせた。
それはそれは、今の今まで険しい顔で言い争っていたロイでさえも目を剥いてしまう程の可愛らしい笑顔で。
美少女顔負けの笑みを浮かべながら、はリザへと歩み寄って、熱を持った視線で見上げて言った。
「あの、俺と結婚して下さい」
「・・・・・・・・・・・・・・・あなたが数年後にイイ男になったら、考えてあげるわ」
どこからどう見ても女性同士の遣り取りにしか見えないが、こうして一世一代のプロポーズはなされてしまったのである。
「よしっ! エド! アル! 俺は国家錬金術師になる! でもってリザさんに裕福で不自由ない暮らしを送ってもらうんだ!!」
「あーハイハイ」
「・・・・・・頑張って、さん」
薔薇色の未来を夢見ているに兄弟はほとんど投げやりである。
頬を染めたまま振り向いて、はニコッと笑いかけた。
「というわけで大佐! 試験の方よろしく!」
「・・・・・・・・・誰が君のような礼儀知らずを推薦するものか」
「今度アンタ好みの女性の格好して相手してあげるから!」
「つれていこう★セントラルへ!」
馬鹿だ、というエドの呟きと、アルの深い溜息は、どうやらロイ&の二人には聞こえていないようで。
リザはその綺麗な横顔を崩さずに、手に持って書類の整理をしている。
この10日後、は国家錬金術師として二つ名を戴くのだった。
2003年10月28日