10.千両役者はTeatroに集う
凪が骸を宿せることが証明された次の日から、犬と千種は彼女を連れ、毎日黒曜センターへと出かけていった。朝食を食べ終えるとさっさと出て行き、凪がその後を追う。夕飯が済んだ頃にホテルに戻ってきて、そのしばらく経ってから凪が身体を引きずるようにして帰ってくる。トレーニングの過酷さをは感じていたけれど、骸の六道輪廻は並大抵の人間では扱えないし、何より凪が弱音を吐かない。だからこれでいいのだろうと、何も言わずに見送っていた。
三人がいなくなった部屋でのんびりとテレビを眺め、新聞で宝くじの当選番号を確認する。相変わらず日本語は読めなかったけれども、手持ちの券と同じ番号が記載されていることだけ分かれば十分だ。学ランを肩にかけ、はスイートルームを後にする。
日本での彼は、サングラスを多用していた。少しでも年上に見せようとする努力である。制服を着ている時点で矛盾していることに気づいたけれども、気に入りなのでどちらも外さない。
100円の宝くじを一枚だけ買って、一億円を当てることなどにとっては呼吸するのと同じくらい簡単だ。けれどそれでは目立ちすぎる。故には100万円ずつ、会社を変え期間を開け、目立たぬように手に入れていった。最近のお気に入りはtotoというサッカーくじだ。育ちがイタリアだけあってはサッカーが好きだったし、自分で予想した勝敗とギャンブル星に尋ねて知る未来の違いに、一人で笑ったりもしている。
銀行で記帳すれば、預金は着実に増えている。もスイスの銀行を利用しているけれど、彼はそこの最上級クラスの客だった。本店に足を運べば支配人じきじきにVIPルームへと通される。そろそろまた挨拶に行くか、なんて考えながら、は自動ドアをくぐって外に出た。そして、ガードレール前に立っている二人の人物に目を瞬く。
僅かの間の後に溜息を吐き出すと、小柄な方がびくりと肩を震わせた。
「お互いの居場所を他人に教えるのはTabùだろ? ランキング星の王子」
「この子は悪くない。私が無理に頼んだんだ」
「関係ない。俺たちは星に選ばれた者同士、守るべきLeggeがあるんだ。星の王子は互いの居場所を知ることが出来る。でもそれを他の誰かに教えることは許されない。星の王子がどんなに他者にとって利益をもたらすかを知っているからだ」
再度溜息を吐き出し、は肩をすくめた。
「おまえを指導するのは年長である俺の役目。もう二度とこんな真似するなよ、ランキングフゥ太。他の星の王子とランキング星に懸けて」
「・・・・・・はい。ごめんなさい、ギャンブル星の王子」
「Buon」
しゅんとうなだれたフゥ太に笑みを一つ向け、はもう一つの影を仰ぎ見る。黒のスーツに隠されているけれども、鍛えられた身体に気づく。一見してそうは見えないが、の勘が働いた。マフィアの人間だ。顔立ちからは日本人の血しか感じられないが、どうなのだろう。深刻な面持ちで男は喋り出す。
「突然すまない、ギャンブル。君に聞きたいことがある」
「Come si chiama Lei?」
「沢田家光という。ボンゴレファミリーの門外顧問だ」
「Vongole?」
素直に首を傾げるには今行動を共にしている面子が邪魔をしてきて、曖昧な感情に顔が歪む。自身それに気づいたので、ぺちりと頬に手を当てて指先でつまんだ。家光はじっと見据えたまま話を続ける。
「君が六道骸と契約関係にあったことはリボーンから聞いている。その後日本を離れ、ヴィンディチェの牢獄に行ったことも調べた。その上で尋ねたい。君は六道骸とコンタクトを取ることが出来るだろうか」
「Sig. Vongole、それは俺に捕まれと?」
「もちろん秘密は守る。誰にも口外しないと命に懸けて誓おう」
家光があっさりと己の命を持ち出したことに、は片眉を跳ね上げる。必要あれば銃を放つマフィアだからこそ、自分の命は大切にする。それをたやすく投げ出すのは、自棄になったとき、あるいは命以上に果たしたい目的があるときだ。
目の前の表情からは、後者であることがはっきりと読み取れた。故には乱暴な手つきで金茶を髪をかき回し、不本意そうに唇を尖らせる。
「六道さんに聞いてみる。それで会いたくないって言われたら、悪いけど諦めて」
「・・・・・・いや、何度でも頭を下げよう。相応しいのは六道骸しかいないんだ」
「Smettila、俺には言わないで。悪いけどこれ以上巻き込まれるつもりはないんだ。血生臭い気配がプンプンする」
ひらひらと手を振り、話を遮る。の心情を理解したのか、家光もそれ以上事情を語るのは止めた。フゥ太にしろにしろ、星の王子は戦闘に秀でていない。それぞれの特殊能力を用いて逃亡することに関してはエキスパートだが、それだけなのだ。だからこそ彼らの中には、能力提供と引き換えに、ファミリーに守ってもらう者さえいる。
は今のところ特定のファミリーに属したことはないし、これからも属するつもりはない。だからこそ話を打ち切った。
「明日、ここに、同じ時間。Vabbe'?」
「Si, grazie」
「お礼はまだ早いよ。契約は結んでるけど、六道さんの私怨とかに関してはノータッチなんだ。俺は正直、あの人の目的が何なのか知らないし、知らないままでいいと思う。下手な情を持てば足の引っ張りあいになるしね」
あっさりと言い切ると、はフゥ太を振り返った。正確な年は知らないけれども、ほとんど同じ星の下に生まれているのだ。その苦労は察して余りありすぎる。
「いい人に出会えて良かったな、フゥ太」
でなければルールを破ってまで自分のところに連れてきたりはしなかっただろう。そう思って言えば、フゥ太はぱっと顔を上げて、嬉しそうに満面の笑顔を浮かべた。
「うん! ツナ兄は最高なんだよ、兄!」
「そっかそっか。精いっぱい尽くせよー?」
「もちろんだよ!」
星の王子同士の会話を交わし、まだ固い顔のままの家光に「A domani」と告げ、はようやくそこから立ち去った。時刻はすでに昼を回っている。どこもそれなりの賑わいを見せている店を眺め、は軽快に足を進めた。
「よし、昼はマクドのテイクアウト。公園で鳩でも相手に食べるとするかなぁ」
分厚い財布と0の並ぶ通帳からは考えられないようなことを言い、笑う。コインなど投げなくても分かる。そろそろ潮時だと感じ始めていた。
短い間だったけど、楽しかったよ。
2007年9月24日