09.理想的な国境線
骸からの指示は、大きく分けて三つだった。
一つ、骸本人が脱出してくるまでヴィデンチェの牢獄に近づかないこと。
二つ、ギャンブルとの契約は続行したので、今後は彼に指針を仰ぐこと。
三つ、凪という少女を死なせずに連れ回すこと。
千種と犬にとって骸の命令は絶対だ。少しの不満を覚えたことは確かだろうが、二人は頷く。まだうまく制御できないのだろう。骸は必要な話を終えるとすぐに消え去ってしまった。
凪が目覚めるのをジュースを飲みながら待ち、はパンと手を叩く。
「それじゃ、とりあえず当分のProgrammaを立てよう。俺は日本での資金調達。柿本さんと城島さんは、六道さんの能力を少しでも凪さんが使えるように、Consiglio ed assistenza」
「・・・・・・場所は」
「黒曜センターでいいんじゃん? この前見た限りでは多少の戦闘にはまだ耐えられると思うし」
千種は無言で眼鏡のつるを押し上げるが、はそれを了承だと受け取った。片や犬は眉間にしわを寄せ、唸る獣のようにを睨んでくる。
「城島さん、お返事は?」
「イタリア語嫌いって言ったびょん」
「あー・・・・・・ごめん、ごめん。以後気をつける。滞在はホテルでいいよな? 場所を特定されないため、適当な期間で転々とするからそのつもりで。ベッドルームは凪さんが一つ、もう一つは柿本さんと城島さんで使って。俺はソファーでいいや」
よほど気に入ったのだろう。何度かクリーニングに出しているが、は相変わらず黒曜中の学ランを着ている。そのポケットから財布を出し、カードを三枚抜き出してそれぞれに放った。ボールを投げられた飼い犬のようにキャッチした犬は怪訝そうにそれを眺め回し、千種は眉を顰める。目の覚めた凪は不思議そうに瞬いた。
「それ、君たち用のカード。上限はそれぞれ一万。ホテル代は俺が持つけど、各々服とか武器とか買いたい物あったらそこから使って。ちなみに元手は六道さんと契約した代金から差し引いてるから」
「一万じゃ全然足らねぇびょん!」
「え? 何買う気だよ。・・・・・・って、あーあーあー、そっか、円か。ごめん、それユーロで入ってる。適当に両替して」
ひらひらとは手を振る。
「じゃあ後は基本フリーでよろしく。ちなみに俺の戦闘力は当てにしないで。戦うより逃げる派だから、多分そこらの不良にも負ける」
「よっえー・・・」
「いいんだよ、俺は『ギャンブル』なんだから」
くるりと手首を返すと、手のひらにコインが現れる。1ユーロのそれを宙に放り、は落ちてきたところをパシッと掴む。
「俺にはギャンブル星がついてんの。それだけで十分なんだよ」
裏、と言って指が開かれる。現れたコインはレオナルド・ダ・ヴィンチの人体図を見せていた。
1ユーロは表が国境の無い統一欧州。裏がダ・ヴィンチの「理想的な人体図」。
2007年9月1日