05.月明かりに誓い、約束





薄汚れた囚人服の袖を破り、柿本千種は歯を使ってそれを裂いた。細くして包帯代わりに裂傷をきつく縛り上げる。ヴィンディチェの牢獄から抜け出すことに成功した彼は、未だその地に留まっていた。危険だということは十分に分かっている。けれども一人で逃げるなどという考えはあり得なかった。仲間である城島犬と、何より主である六道骸。彼らと共でなければ意味などない。だからこそ千種はまだ、牢獄の見える場所で息を潜めていた。
丈の短い草、時折ある大きな岩の影に身を隠し、森の向こう、そびえ立つ城を睨む。個別に行動しようと言われたから、それに頷いた。自分たちが足手まといだという彼の言葉に否はなかった。だけどその自分が今こうして無事であり、主の姿はない。それは、つまり。
「骸様・・・・・・っ!」
ぎり、と唇をかみしめる。

Ciao! 君、六道さんの知り合い? 柿本千種さんでいいかな?」

深夜だというのに無駄に明るい声に、千種はばっと後ろを振り返る。二メートルの距離に立っている影に気づき、舌打ちしたい気持ちで構えを取った。後ろは岩。ヨーヨーは取り上げられたまま。丸腰でどこまで戦えるか。そう考えたところで、月光が影の姿を照らし出す。
金茶の髪、白い肌。プリントティーシャツの襟にかけられているサングラス。ぶら下がる携帯。けれど、それよりも見覚えがあるものに千種は目を見開いた。
「黒曜中の制服・・・・・・?」
Si. 俺は。不本意ながら『ギャンブル』って言った方が通じるかな」
「ギャンブル・・・・・・骸様が資金を依頼したという・・・?」
Si, si. やっぱり柿本さんを探したのは正解だ。城島さんは結構本能的なところが多いようだから、思い出してもらえないかと思ってさ。怪我はどう? 命に別状はない?」
距離は縮めずに、そのままは草原へとしゃがみこむ。千種がまだ警戒しているのを分かっているのだろう。無理に近づこうとはせず、腕を組んで笑顔を浮かべる。
「知っての通り、俺、六道さんと契約してるんだ。六道さんからの要求は一億ユーロをスイス銀行に振り込むこと。俺からの要求は初めての学生生活マフィアなし。六道さんは俺の要求を飲んでくれて、黒曜中への転校も手配してくれた。俺もちゃんと金を振り込んで、いざ銀行の通帳とカードを渡しに伺ってみたところ」
ぴっとは指で地面を指さす。
「ヴィンディチェに連れていかれる君たちが見えて、廻り廻ってこの状況。六道さんはまた捕まったって聞いたけど、城島さんは?」
「っ・・・・・・骸様は、俺たちを逃がして」
Vabbe'. じゃあ仕方ない。牢獄に侵入するかぁ」
軽く言って立ち上がるに、千種が弾かれるように顔を上げる。次に何を言われるのか察しがついたので、はそれを遮ってポケットから取り出した封筒を放った。
No. 今の柿本さんは怪我もしてるし丸腰だし連れていけない。Perche no. その金で身なりと武器を整えて、城島さんと合流して待ってて」
「・・・・・・」
「地獄の沙汰も金次第。少なくとも俺だけなら面会は可能だろうし。伝言くらいなら承るよ」
ぎゅっと固く唇を結び、千種はうなだれた。黒い日本人に近いつややかな髪を見下ろし、はしばし待つ。
「・・・・・・骸様に・・・」
ぽつりとこぼれた声は、風に揺れる草音に混ざって届く。

「いつまでもお待ちしています、と・・・・・・」

Vabbe'. は頷いた。月光がきらきらと、鉄壁と言われる牢獄を浮かび出していた。





山吹色の菓子を包むって言うんだっけ? 日本の場合。
2007年7月20日