あの、跡部に、素顔を見られてしまってからというものの。
翌日には速攻で俺の不細工さが言いふらされていると思ったのに、何故かそれはなかった。
転校手続きの書類まで用意したって言うのに、それは無駄に終わった。
跡部は俺に何も言ってこないし、周囲にも何も言っていないらしい。
ただ跡部が日増しにやつれていくが、まぁ俺としては自ら聞いて自滅したくもないので放っておくことにした。





花泥棒





俺はあの日からこっち、より一層の努力を重ねて蟻になることにした。
蚊はまだ人間様の視界を飛んでしまうから死ぬ確率が多い。
その点、蟻は足元をウロウロしているので知らないうちに踏まれるだけだ。
後はいかにして踏まれずに逃げ続けて生きていくか。そう、それが勝負だ。

いかにして、他人の視界から消えて生きていくか!

ちくしょう! こんなことなら身長も平均ほどなけりゃ良かった!
生まれたときから同じサイズで生きてくれば、きっと俺は踏み潰されるだけの人生だったのに・・・・・・。
あぁでも踏み潰されたら、そのときに下を向かれて結局は注意を惹き付けてしまうのか。
どうすればいい。どうすれば俺はこれからも無事に生きていける。
一生、誰の目にも留まることもなく!

「じゃあこれをテニス部の跡部か、榊先生に―――・・・・・・」
!!!!!

「!? ・・・・・・そこの、君。これをテニス部の跡部君か榊先生まで届けてくれ」
「・・・・・・・・・・・・」
「今なら二人のうちどちらかはテニス部の部室にいるだろうから」
跡部という単語に反応してしまったら、気配をゼロにする技を途切れさせてしまった。
その瞬間を見逃さずに見つけられ、そこにいた教師は突然現れた―――っていうかずっといたんだけど―――俺の存在に驚いたようで、けれど書類か何かを手渡してきた。
イヤ、と断ると逆に印象が残ってしまう。
なので俺は一応、嫌々ながらにもその紙を受け取っておいた。
・・・・・・・・・今日は日直の仕事が終わったらさっさと帰ろうと思ってたのに。
職員室で捕まるなんて厄日だ、絶対。それも跡部絡みの用事だなんて!
さっさとそこらへんの女生徒に頼もう、と思って職員室を出ようとしたら。
「あぁ、悪いんだがサインをもらったらまた持ってきてもらえるか?」
――――――俺の蟻計画の邪魔をすんな・・・・・・っ!!



とにかく、榊先生を探すことだ。
跡部? そんな名前は知らない。あの教師は「榊先生まで届けてくれ」と言った。
そうだ、だから榊先生を探すんだ。あの音楽教師には何か違っているけど紛れもなく教師っぽい人を。
あの人も独特の雰囲気を持つ美形だ。だから正直俺はあまり近づきたくない。
だけど跡部に近づくよりかは全然マシだ!
なので俺は榊先生を探した。

なのに何でいないんだ!

普通はアレだろ! 音楽教師ってのは音楽室か準備室かそこらへんにいるもんだろ!
なのに何で榊先生はいないんだ!
いなくったってあの先生も美形だからオーラを振りまきながら歩いてると思ったのに、その余韻はどこにも見つからないし!
「・・・・・・ちくしょう」
俺は思わず手の中の書類を握りつぶそうとしてしまった。つーか半分くらい潰した。
時間は頼まれてからすでに30分以上経っている。これ以上手間をかけるのは印象を深くするだけだ。
蟻計画がどんどん崩れていく・・・・・・っ!
「しかた、ない」
本当は本気で仕方なくもないこともなくてなかったりしなかったかもしれないけれどとにかく。
部室へ行けばどっちかはいるらしいから、そいつにこの書類を(印象ゼロで)突きつけてサインを貰い、さっさと(ヤツの記憶から消えて)帰る!
「・・・・・・筆跡だけ真似てサインしとくってわけにもいかないしな・・・・・・」
それは犯罪だろうというツッコミは、生憎と受け付けないことにしてる。
俺は俺が地味に生きるためなら多少の犯罪だって平気でやってのけるって決めてるんだ。



そして俺は今、暗黒のテニス部部室前に来ている。
もう練習も始まってるらしく、コートを覗いたが榊先生も跡部も何故かいなかった。
同じクラスの芥川や、他のレギュラーの奴らもいなかった気がする。
だから部室にいるのかと思ってきたのだが。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・変な気配がする」
俺は思わず呟いてしまった。
正レギュラー専用の部室とかいう盛大で豪華な作りのクラブハウス。
そこから今、ものすごく宜しくないオーラが発されている気がする。
これはきっとアレだ。
俺が回避すべき派手危険キラキラ美形でもかなり変オーラだ。
左足を基点に180度回転する。このオーラの中に入るくらいなら犯罪を犯した方がまだマシだ。
そうだ。どのみちさっきの教師も俺のことなんてそんなに覚えてないだろう。
書類に不審な点を感じて次に探したとき、俺が完璧に蟻となっていればいいだけの話だ。
うん、それでいこう。それがいい。むしろそうしよう。
俺は逃亡を決めて一歩踏み出した。

そうしたら何かにぶつかって、こけて、でもって眼鏡が外れないように死守してたら誰かに踏まれた。
こんなとこだけ蟻になっても嬉しくないんだよ・・・・・・っ!

「わっ!? ちょ、スマン! 生きとるか!?」
伸びてきた手が俺の腕を掴んで引き上げる。
俺は顔を覆ってる眼鏡と髪の毛が絶対に動かないように注意しながら立ち上がった。
「まさか人がおるなんて思わなかったんや。ちゃんと前は見とったんやけど・・・・・・」
俺の蟻計画成功!?
よっしゃ! これで今後の人生に希望も見えてきた!
うきうき気分で、でも表情には出さずに喜んでると、目の前の男は屈んで何かを拾い上げた。
――――――あ。
「テニス部後期部費申請書類?」
それはまさに俺が榊先生を探し、しかし見つからず、テニス部部室に来たはいいが怪しいオーラを感じたので、犯罪しようと思っていたすべての元凶。
「これ、監督に渡すんか?」
聞いてきたから頷いた。とうか何故頷く、俺。ここでちゃんと首を振れば良いのに。
「せやったら、監督呼んだるわ。えーっと・・・・・・自分、名前何ていうん?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
やな。俺は忍足侑士や」
関西弁は挨拶してくれた。
・・・・・・が。

知らないわけないだろ!
おまえは俺が近づきたくない氷帝美形ランキングのトップテンに余裕で入ってんだからな!

「ほな、ちょお待っててや」
忍足は俺の心中の叫びなど知ることもなく、さっさと部室に入っていった。
・・・・・・・・・よく入れるな、おまえ。このブラックオーラを放っているところに。
しばらくの間の後で、忍足は俺を振り返って。
「なぁ、監督おらへんって」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜な・ん・で・い・な・い・ん・だ!!



デンジャラスゾーンなテニス部部室には、俺の近づきたくない美形な奴らがわんさかいて。
その中の跡部と、目が合った気がした。





2004年4月8日