跡部が変なのはいつものことだけどー。
でもその日はいつもよりも変で、変すぎてちょっとオカシイ人になってた。
あ、でも跡部がオカシイのもいつものことだから変じゃないのかも。
うん、変じゃない。
「・・・・・・跡部・・・一体どないしたん?」
オッタリの言葉にも返事なんて返せなくて。
跡部は真っ赤な顔をしてその場にひっくり返った。
あはは、おもしろーい。
花泥棒
今日は部活はないけど、俺は部室に来てた。っていうか寝てた。
だって部室のジュータンって気持ちいいし、それに誰にも邪魔されないで寝てられるし。
だけどみんな考えてることは一緒なのか、オッタリとか向日とか宍戸とかチョタとか、いっぱい来た。
俺が寝てたのにー・・・・・・でもいいや、いても寝るし。
オッタリたちが何かしゃべってたけど、でも俺は寝てた。クッションふわふわ・・・・・・気持ちいー・・・・・・。
いいユメ見れるかも、なんて一気に寝ようと思ってたのに。
バタバタバタバタバタ・・・バンッ・・・ガタッドンッ・・・・・・
すっごい音がしたから思わず目を開けちゃった。
そしたら、何かが部室に転がり込んできてた。
おっきくて、俺とおんなじ氷帝の制服着てて、でも転んでる。
すごいスピードで走ってきたから止まれなくて机にぶつかって、イスにぶつかって、足を押さえて床をゴロゴロ転がってる。
「痛そー・・・」
向日がちっちゃな声で言った。
「・・・・・・あ、跡部? おい、平気かよ」
「だ、大丈夫ですか? 跡部部長」
宍戸とチョタが話しかけてる。あー・・・・・・あれ、跡部だったんだ。わかんなかった。
だって跡部なのに机とかにぶつかって転がってるし。いっつもカッコつけて俺様なのにさー。
今はただの変な人だよ。うん、でも面白いからいいや。
そんな風に考えてたら跡部はゴロゴロ回ってたのを止めて、ただの丸になった。
イモムシ跡部。面白いけどカワイクナイ。
向日が足の先でちょんちょんってつついた。でもイモムシ跡部は動かない。
変なのーって思ってたら、オッタリが恐る恐る話しかけた。
「・・・・・・跡部・・・一体どないしたん?」
その後、ちょっと、っていうかケッコー時間がたって。
もういいや寝ちゃおうと思ったときに跡部が動いた。
イモムシみたいにノロノロ起き上がって、転んだときに作ったっぽいかすり傷のついた手で自分の顔をおおって。
はぁ、と溜息をつく。
やっと人間に戻ったっぽい跡部は顔を隠したままポツンと呟いた。
「・・・・・・・・・俺のアフロディーテ・・・・・・!」
首まで真っ赤になってる跡部は、なんかちょっとオカシイ人になっちゃってた。
「・・・・・・えーっと何? つまり話をまとめると、どういうことになんの?」
向日が首をひねってる。俺もわかんない。跡部が変ってことしかわかんない。
「つまりこういうことやろ? 跡部はさっき廊下でぶつかった相手に一目惚れしたっちゅう」
「相手は男だろ? 一目惚れじゃなくて見蕩れたって言うんじゃねーのか・・・?」
「相手の人がすごく跡部部長の好みだった、そういうことですよね?」
「えーでも男だろ?」
「男やなぁ」
「男だよな」
「男ですよね」
うん、俺も男だと思うー。
みんなで納得してたのに、跡部はやっぱり真っ赤な顔のまんまで。
「・・・・・・男だとか女とか関係ねーよ。アイツの顔は、究極の美だ」
きゅーきょくのび。
「そう、そうだ。あれこそ俺の求めていた美だ。あぁまさかあんな美しい顔をした奴がこの世界に存在するだなんて・・・・・・!」
酔ってるみたいに溜息をつく跡部。むしろ自分に酔ってる。
コーコツっていうの? 何か変だけど跡部らしくて見てて楽しー。
イッちゃってる横顔はたしかにカッコイーかもしれないけど、でも俺から見れば変な人だし。
こんな跡部でも女の子は「ステキ!」って黄色い声で言うんだから世の中って不思議だよねー・・・・・・。
あ、でもやっぱりちょっと気になるかも。
「ねー跡部ー・・・・・・その、きゅーきょくの美? よくわかんないけど、その跡部がぶつかった男子ってどんな顔してたの?」
ジュータンで転がったまま聞いたのに。
キュピーン!
ゲームみたいな効果音と一緒に跡部がこっちを見た。
うわーすっごい嬉しそうで自信満々な笑顔だし。
オッタリとか宍戸とかが口パクで「聞くな!」って言ってるけど、でも気になるものは気になるじゃん?
跡部は俺様だけどキレーなもの好きだし、俺とちょっと好みも似てたりするからヨケー気になるし。
えへへ、だから聞いちゃう。
「ねーねー、どんな奴?」
「いいか、よく聞け。一度しか言わないだなんてケチなことを言うつもりはねぇ。むしろ三日三晩シンドバッドのごとく千夜語り続けたとしてもアイツを表現する言葉が絶えることはないだろう。あぁ、まさにアイツこそ天が地上に使わした美しさの化身・・・・・・! 美の女神アフロディーテさえアイツの前では裸足で逃げ出し、さらには土下座して人生の暇を請うことだろう。俺と運命の出会い・・・いや、むしろ再会と言うべきなのかもな。俺とアイツは間違いなく前世で幾度となく出会っている。永遠に定められた廻りあいの中で、今日という良き日に俺とアイツは再び出逢うことが出来たんだ。この広い地球の中に数多あるだろう学び舎の中の一つ、その小さな曲がり角でぶつかるなんてことは人生においてそう滅多にあることじゃない。そう思うだろ? あぁ、やっぱりオマエも思うか! 軽い反動を受けて舞い上がった髪はむしろ黒よりも碧がかった光沢を放ち、あたかも天使の輪を想像させるほど艶やかさを帯びていた。肌は透き通って白く、その有様は血が通った生き物ではなく創られた人形なのではないかと思ってしまうほどに美しい。けれど病的な感は一切なく、触れれば消えてしまうのではないかといった儚さもない。あるのはただ目を奪われて堪らない瑞々しい美貌ばかりだ。紅い唇は小さく、怒りを唱える声さえもあの唇を通せば甘いものへと成り果てる。口ずさむ言葉はどんな歌姫よりも魅力的に聴く者の耳を捉え、名を呼ばれればそれは至上の幸福となるだろう。長い睫が物憂げに伏せられることで宝石のような黒玉の瞳を縁取り、滑らかな頬のラインがうっすらと紅に染まれば、誰もが感嘆の溜息をつかずにはいられまい。緩やかに開かれていく瞼は期待と興奮への秒読みであり、そしてそれは欠片ほどの失望など感じさせず、むしろ抱いていた以上の喜びを己が心と身体にもたらしてくれるのだ。そしてその瞳がこの身を映してくれたときの歓喜といったら! あぁ、あんな至高の美しさがこの世に存在するとは・・・・・・っ! まさに神の創りたもうた芸術! 俺の理想! 俺は今、世界中のすべてに感謝を捧げる。この世に生まれてきて、そしてアイツと出逢えた幾千もの奇蹟に心からの祈りを・・・・・・・・・!」
跡部はやっぱりアホベだった。
言ってることはわかんないけど、でもいいやアホベだし。
そのままどのくらい話してたのか分からないけど、跡部はやっと一段落ついたみたいで、お菓子を食べてた俺たちにむかって言った。
「いいか、身長170センチくらいで痩せ型の男だ。染めていない黒髪に眼鏡をかけている。見かけたらすぐさま俺に知らせろ。絶対に傷だけはつけるんじゃねーぞ」
「ちゅうか理想の別嬪さんなんやろ? 俺らにさせんで自分で探しぃ」
「アーン? 当然そうするに決まってんだろ。だが、人手は多いに越したことはないからな。せいぜい俺様の手足となって働きやがれ」
「うっわ俺様!」
「いつものことだろ・・・・・・」
「いつものことですよね・・・・・・」
溜息ついてる宍戸とチョタを放って、跡部は部室のパソコンでカチャカチャやりだして、プリンターでいっぱい印刷しはじめた。
「あ! 跡部の奴、学校の生徒名簿にハッキングしてやがる!」
「・・・・・・・・・岳人、俺らは何も見んかった。えぇな? 俺らは無関係やで」
「さて、さっさと帰るか、長太郎」
「そうですね、宍戸さん。今すぐ帰りますか」
何にもない空中を見上げて宍戸とチョタが何か言ってる。
その間も跡部は写真がのった生徒名簿をいっぱいプリントアウトしてて。
「アイツの美しさの前では犯罪なんて何の意味もなさねぇんだよ」
自信満々に言う跡部は、やっぱりアホベっぽかった。
2004年2月26日