DYE

48:今度こそ、必ず





足が、地面と思しきものと接する。
硬いそれは都会ではほとんど見られない大地の感触で、はゆるりと瞼を開いた。
裸足だったはずの足が、いつの間にか靴を履いている。
正確に言えば靴ではなく、草履。
何となく浦原の履いていた下駄が、の頭の中に浮かんだ。
ジャージにTシャツを着ていたはずなのに、それも丈の短いジンベエのような浴衣に変わっている。
手や足、身体自体に変化はない。触れてみれば顔も変わっている様子はない。
周囲を見回せば、ちらほらと見える人たちは皆自分と同じような格好をしていた。
ハンドスピーカーで拡大された声が聞こえる。
『死んだばかりの方は、どうぞこちらにお並び下さーい。今後の流魂街における居住を決めるための整理券を配布しまーす』
「・・・・・・・・・はぁ?」
無意識のうちに、ハテナマークが零れ落ちた。



現代の日本よりも、文化的に少し遅れた街並み。
着物を纏い闊歩する人々。
ハンドスピーカーを片手に誘導する死神。
配られる整理券と機械的に振り分けられる居住区。
それらが何だか。
考えていた『死後の世界』と全然違って。
あまりにも穏やかで間抜けだったから。



「・・・・・・・・・・ぷっ」
思わずは噴き出した。
「・・・ははっ・・・・・・・あははははははは!」
脇腹が引き攣る。
たぶん自分と同じ死んだばかりの人間たちが、不思議そうな顔でこちらを見てくる。
けれどそれも気にならなかった。
ただ、ひたすらに可笑しくて。
「何・・・・・・っ・・・マジで・・・・・・?」
見渡す限り平凡な、この街が。
この世界が。



気が抜けた。
腹を抱えて笑い転げる。
涙が出た。

安心、した。



「―――
近づいてくる気配に気づかないわけがなかった。
感覚は現世にいた頃よりも鋭敏になっている。
力が溢れるように漲っているのを、自身感じていた。
涙を拭いながら振り返る。笑いで酷使された脇腹が少し痛い。
二人の黒衣の死神は、今までに会ったことのない相手だった。
顔に傷を負い刺青をしている者と、サングラスをかけている者。
彼ら二人の姿が自分の描いていた死神とまた違って、可笑しさに拍車をかける。
「山本総隊長の指示だ。おまえを一番隊隊舎まで連れて行く」
「オーケー。でも俺、まだ整理券もらってないんだけど?」
「必要ない。どうせすぐに死神統学院に入学することになる」
「しにがみとうがくいん?」
首を傾げれば、死神たちは踵を返して歩き始める。
ひどく浮かれた足取りで、はその後を追った。
身体が軽い。今なら何でも出来そうな気がする。
「死神や鬼道衆、隠密機動になる奴らを養成する機関だ」
「・・・・・・学校?」
「まぁ、そうだな」
「そんなものまであるんだ」
「死神は常に人員不足だからな」
不況の日本経済に聞かせてやりたい、とは思った。
前を行く死神が振り返る。
「だから、おまえにはさっさと死神になって働いてもらわなきゃ困るんだよ」
それでおまえが今までしてきたことはチャラだ。
そう言って、刺青の死神は笑った。



瀞霊廷の門が見えてくる。
大柄な門番が、重そうな扉を押し上げる。
広がる光景は流魂街のものとは違い、整然としていた。
向けられる視線に、自分の唇がゆっくりと弧を描くのを、は感じる。
今なら何だって出来そうな気がする。



二度目の生を祝う音が、聞こえる。
の二度目の人生を。



頑張ろう。
切り拓かれる世界に、は誓った。





今度は頑張って、楽しく生きよう。





2005年11月23日