DYE

45:後一日





紐を解いた木箱の中には、紙に包まれた粉薬のようなものが入っていた。
蛍光灯に透かすと、パラパラと紙の中を動く。
それはまるで万華鏡のよう。
綺麗。



これなら恐れないで済む。



水を用意する。
飲んだら瞬間的に死んでしまうのだろうか。
それは困る。コップを片すことが出来ない。
すべて綺麗にした状態で渡したいのに。
考えた末、口いっぱいに水を含み、そのままコップを洗って棚に戻した。
第三者が見ていれば馬鹿だと思われるかもしれない。
だけど本人にとってはしごく真面目で、そして大切なことだった。
頬を膨らませたままベッド代わりのマットレスに座る。
顔を上に向け、口を開いた。



粉末を静かに注ぎ込む。
唇の端から溢れた水が零れ、少しくすぐったかった。
舌の上を流れる粉は味がない。



意識を保っていられるうちに口元を拭い、横になった。
胸の上で手を組むと、まるで眠り姫のよう。
違うのは口付けを受けても、もう二度と目覚めないこと。
最後に室内を見回してから目を閉じる。



痛くも苦しくもない。
ただ、眠りのように心地良い気配が近づいてくるのを感じる。
これならば、もっと。



「・・・もっと早く、死ねばよかった・・・・・・・・・」



静かな呟きが部屋に満ち、やがて呼吸は遅くなり、ついに何も聞こえなくなる。
完全なる静寂が訪れ、窓の外から届く車の排気ガスの音だけがすべてになった。
ただ一人、誰にも看取られることなく。
彼は死んだ。



魂魄が浮かび上がる。
それはゆっくりと天井を抜け、アパートの屋根を越え、夕闇の空を漂う。
行き先に惑うそれは、まるで彼自身の生き方のよう。
やがて星のように光を放ち、散り始める。
魂魄は消えた。





その日、は死んだ。





2005年10月16日