DYE
44:最期に見る夢
生きてきた証は、果たして残せるのだろうか。
残せないだろうな、とは思う。
孤児院をたらい回しにされ、学校も転校を繰り返し、親しい友人など一人もいない。
バイト先の人々は覚えていてくれるかもしれないけれど。
人々の記憶は時と共に薄れていくものだから。
何だか最初から最後まで散々な人生だった、とは思う。
だけどそれは当然だったのだろう。
自分は、化け物なのだから。
早く明日が来ればいい。
最後の一日、晴天だといい。
朝日を見よう。鳥の声を聞こう。
布団を干して、部屋を掃除して、箪笥の中身を整理しよう。
水道や電気、アパートはそのままでいいと浦原が言っていたから。
せめて綺麗に片付けてから、後を託そう。
銀行のカード、暗証番号も教えとく。
少ないけれど感謝のつもり。
たくさん世話になったから。
最期を看取ってもらう、御礼としても。
やけに心が穏やかだ。
きっと、今まで生きてきた中で一番。
意識がゆっくりと浮上するのを感じ、は自然と瞼を開いた。
マットレスから見上げる天井、そして薄っすらと藍から青へと変わり始めている空。
窓から差し込む朝の気配に身体を起こす。
台風は跡形もなく消え、空は雲ひとつない青。
爽やかな朝だ。
は笑って、枕元に置いていた木箱を手に取った。
軽く振って中身が入っていることを確認してから、ポケットに仕舞う。
人間として最後の一日。
良い日になりそうだと、思った。
2005年9月10日