DYE
40:後四日(魂の行方)
浦原の言葉が頭の中に甦る。
『虚の胸に開いている大きな穴。あれは人間で言う【心】のあった場所なんですよ』
今まで倒してきた化け物たち。そのどれもが持っていた虚無。
『人間の形をしている霊の胸には鎖がついています。それは普通何年もかかって魂を侵食し、その霊を食い尽くしていく』
『それが、虚になる?』
『そう。【心】を食い尽くされて失い、代わりに仮面をつけ本能のみと化す。それが虚です』
説明する浦原は、やけに死神について詳しかった。だけど興味がなかったから理由を聞くことはなかった。
猫が喋る理由も聞かなかった。自分に害を為さない。それだけで十分だった。
だけど今は聞いておけば良かったと思う。
目の前で虚になりかけている人間を、止める術があるのかどうかを。
「アアアアアアアアアア―――」
耳障りな甲高い叫び声に、は眉を顰めた。
目の前の霊は、まだ人の形を保っている。
だが、胸元の鎖はすでに後欠片一つというところまで短くなっていた。
虚になるのは時間の問題。ならば、その前に。
手の平に力を集める。
身を低くして構え、次の動きを待った。
激しい雨が視界を遮る。
感じていた柔らかな体温が意識に残っている。
体の末端が冷えて上手く意志が伝わらない。
ここ数日雨の中を出歩いていたから。
風邪を引いたのかもしれない。
くらりと脳が揺らぐ。
だからその一瞬は、の油断だったのだ。
最後の鎖がまるで砂のように崩れていく。
雨が姿を隠して、見えなくなって。
は額に纏わりつく前髪を忌まわしげに払った。
―――虚と化した魂の気配を探る。
それはすぐ傍にあった。
近すぎる距離に、全身の血が下がる。
「いやぁ・・・・・・っ!」
悲鳴に弾かれて振り向いたの視界に、虚の長い腕に締められた母の姿が映った。
恐怖に引き攣った母の、姿が。
2005年5月11日