DYE

39:後四日(人生の涙)





夢に見ていた。
抱きしめられる自分。
包んでくれる温かい体温。



母親の、体温。





・・・・・・っ!」
駆けてきて自分を抱きしめた母親が、自分よりも少しだけ背の低いことには気づいた。
ピンク色のサマーセーターが、雨でどんどんと色を変えていく。
頬に添えられる手に戸惑った。だけど逆らうことなんて出来ない。
鼻がぶつかりそうな位置で目と目が出会う。
「・・・背が伸びたのね・・・・・・大きくなって、目元なんかお父さんにそっくり・・・」
撫でてくる手は優しい。
雨のせいではなく瞳が潤んでいて、はそれを信じられない思いで見つめた。
泣いてくれている。母が。
抱きしめてくれている。自分を。
「ごめんなさい・・・・・・私たちっ・・・」
嗚咽を漏らしながら、母が顔を俯ける。
手が震えていて、それがようやくに現実を理解させた。
「ごめ・・・・・・っ・・・ごめんなさい・・・!」
縋るようにパーカーの胸元を握ってくる。
あぁ、この人も。



「ごめんなさい・・・・・・っ」



この人も、苦しんでいたんだ。





生きてきた15年間が走馬灯のように駆け抜ける。
辛い日があった。苦しい日があった。悲しい日があった。淋しい日があった。
だけど俺は一人じゃなかった。
この人も俺と同じようにずっとずっとずっと



泣きながら、生きてきたんだ。





はぁ、と唇から漏れた息が震えて、は項垂れる。
妙に納得した。諦観ではなくて、納得。そしてじんわりと心の底が熱くなっていく。
これが喜びだということを、彼は知っていた。
だって身体がこんなにも熱い。
嬉しいって、叫んでる。
・・・・・・」
泣いている声。
「・・・・・・あなたさえ、許してくれるなら・・・」
息を呑んで、目を見開く。
まさかそんな。
まさか、そんな。
愚かな期待が溢れてくる。今更、そんな。
ずっと願っていたことを、あなたは言うの?
優しく、母親として抱きしめて。



「私たち・・・・・・家族に、戻りましょう・・・・・・?」



呼んでもいいのかもしれない。
本当はずっと呼びたかった。呼んで、答えてもらって、抱きしめてもらいたかった。
本当は、ずっと。
夢の中でしか呼べなかったあなたを、今。



「かあさ―――・・・・・・・・・」



水を吸って重くなったピンク色のサマーセーター。
その背に手を伸ばしたけれど、縋りつくことは出来なかった。
母親の向こうに、全身が寒気立つような気配を感じて。
胸に開いている巨大な穴が、を見下ろして滑稽そうに笑う。
鎖の音が擦れる、音がする。



「――――――危ないっ!」



母親の腕を引いて攻撃を避けた瞬間。
木箱の鳴る音が、どこかから聞こえた気がした。





2005年4月30日