DYE
38:後四日(お母さん)
『』
呼ぶ声はとても温かくて穏やかだった。
『どうして・・・・・・』
嘆く声はとても悲しそうで擦れていた。
『・・・・・・いいこね』
最後の声はただただ優しかった。
『ごめんね・・・・・・っ・・・』
泣かないで、母さん。
台風の日に自分の家の前に立っている人物に、女性は戸惑ったように首を傾げた。
先ほどのの小さな呟きは風にかき消されて、彼女の元までは届いていなかった。
「こんにちは、どちら様かしら」
かけられる声は想像していたよりも低く、そして朗らかだった。
四十歳よりも若いだろう女性。パーマの当てられた緩やかな髪。
間違いない。間違えるわけがない。
震えた歯が音を立てた。
泣いて、しまいそうで。
声を上げて泣き出してしまいそうで。
女性の目が細められて、そして次の瞬間、零れんばかりに見開いていくのをはスローモーションのように見ていた。
遠い遠い過去が甦る。
「・・・・・・・・・?」
母さんが俺を呼ぶ。
向かってくる化け物、殺そうとしてくる相手。
怯えた視線を向けてくる人間たちの囁き。
見えない返り血。一人で過ごす夜。
だから、だから。
抱きしめられると温かいなんてこと、俺はずっと知らなかったんだ。
2005年4月30日