DYE

37:後四日(感謝を、あなたに)





「来ると思うか?」
主語のない更木の台詞に、市丸は笑みを深めた。
日番谷は眉間の皺を増やし、やちるはぱぁっと笑顔を浮かべる。
「来て欲しいんやろ? 十一番隊長さんは」
「そうだよ! ちゃんには剣ちゃんと戦うギムがあるもん!」
「・・・・・・・・・だけどあいつは人間だ」
明るい調子の二人とは裏腹に、日番谷は険しい顔をして。
「藍染が言ってただろ。『生きようと望むのは、他の誰にも邪魔できない』って」
だからこそは人間として生きることを選ぶだろう。
日番谷はそう思っている。あの人間には命があるのだ。そして生きる場所があるのだから。
けれど市丸は笑った。
「まだまだお子様やなぁ、十番隊長さんは」
訝しそうに首を傾げるやちると、変わらない表情の更木。
そして不快を顔に表す日番谷に、珍しくも含みのない顔で笑って。



「生きるのを邪魔できへんのと同じように、死ぬのも邪魔できへんのやで?」





子供が案内してくれた家は、孤児院から歩いて一時間くらいのところにあった。
ありがとう、と言った声がよほど震えていたのか、子供は戸惑ったような顔で、最後にの背中を撫でてから消えていった。
透けていて熱なんて持っていない手のはずなのに、その仕種はやけに温かくて。
は上手く噛み合わない歯を、力を込めて食いしばる。
目の前に家がある。



二階建ての一軒家。庭はなくて、小さなプランターが門扉に二つ。
屋根のついたガレージに停めてある車。
雨だから干されていない、二階のベランダの物干し竿。
リビングらしい部屋から漏れている明るい光。
飾られている郵便受け。
そして、表札。



震える指で、自分と同じ苗字にそっと触れた。
の唇は、今は色を失くしている。
雨と風に晒されたせいではなく、目の前の現実によって。
暖かな雫が頬を流れる。
自分のルーツが、ここにある。
嬉しかった。



本当は悔しくて、悲しくて、憎んでもいたけれど。
諦観の影で叫んでもいたけれど。
それでも今はただ、嬉しかった。



自分を生んでくれた人がいる。



カチャ、という小さな音が雨に紛れて届いた。
現れた気配にハッと我に返り、は顔を上げる。
開かれていく扉の向こうから暖かな光が差し込んできて、思わず目を細めた。
誰かが立っている。
15年経った今でも、忘れることは出来なかった。
唇が戦慄いて、心が溢れて。





「・・・かあ・・・・・・さん・・・」





2005年4月6日