DYE
36:後四日
細い糸を紡ぐように、教えられた場所を訪れ、または電話して次の過去を得る。
どこへ顔を出しても、は今でも自分が疎まれていることを再認識した。
二年前にいた孤児院も、五年前にいた施設も。
短い時間しかいなかったはずの自分を、けれどどの大人も覚えていたから。
「・・・・・・それだけ俺が普通じゃなかったってことなんだろうな」
呟いて、は顔を上げた。
過ごしてきた孤児院は20近く。
その中で一番古いものに行き当たり、はようやくスタートラインに立った気がした。
傘はもうないので、ナイロン素材のウィンドブレーカーの上下を着こんで。
そしてたどり着いた一番最初に預けられた施設。
孤児院『そら』――――――そう書かれた看板が、風雨に晒されていた。
見上げた土地に建物はなく、金網だけが侵入を拒んでいる。
「閉鎖、か」
言葉にするとやけに物悲しい。恩なんて大して感じてもいないのに。
強制的に糸は断ち切られたが、は別に落胆することもなかった。
被っているフードの下から視線を左右に動かして、そしてゆっくりと足を左に向ける。
電柱のすぐ傍に立っている、幼い少年へと向けて。
「・・・・・・14年ぶり」
元気だった、と聞くと子供は笑った。
透けた身体は雨に濡れることも、風に煽られることもなく。
ただそこに、静かに浮かんでいた。
台風の今、外を出歩いている人はいない。
だからこそ周囲の目を気にすることなく、は子供と向かい合った。
「俺のこと覚えてる?」
子供は頷く。その顔に浮かんでいるのは、20の施設を回ったときには一度も得られなかった明るい笑みだ。
口を開けば、ちゃんと声も聞こえる。だからこそは疎まれてきた。
本来ならば同じである人間から、疎まれてきた。
『覚えてるよ。14年前の雨の日に「そら」へ来て、一年で他所に移っていった』
「あぁ」
『よく無事で生きてこられたね。大きくなったね』
まるで親からかけられるような言葉に、の顔がくしゃりと歪む。
この子供の幽霊は、が赤子のときからここにいる。14年も、ずっと。
『今日はどうしたの?』
「・・・・・・君に教えてもらいたいことがあって」
その言葉だけで何を聞かれるのか悟ったのか、子供はかすかに眉を顰める。
けれど少し経ってからわざとらしく肩を竦め、まるで不出来の弟を宥めるかのように答えた。
『いいよ、何が知りたい?』
そのときの子供は、今まで過ごしてきたどの孤児院の子供たちよりも。
にとっては『兄弟』らしかった。
心臓が徐々にうるさくなってくる。
不安と焦燥に追い立てられ。
――――――嵐が来る。
2005年3月21日