DYE
35:後五日(理由を下さい)
どうぞ中に、と言われて、濡れているからここでいいです、と返す。
そうすると目に見えて相手が安堵した。
はそれに苦笑しかけて肩を竦める。
玄関から見える廊下の先。がいたころは食堂だったそこから、いくつもの顔がこっちを見ている。
知っている顔も中にはいて、大きくなったな、と思った。
「それで・・・・・・今日はどうしたの、突然。たしかあなたは働き口を見つけて、出て行ったのよね?」
お仕事で何かあった?
そう聞いてくる初老の女性は、この孤児院の院長を務めている。
半年前までも世話になっていた相手は、けれどそうは思えないほどの余所余所しさを感じさせる。
その理由をは知っていた。奥で見ている子供たちが近づいてこない、その訳も。
「いえ、問題はありません。俺はとても順調です」
だからここへは帰ってこないよ。安心して?
「ただ、先生にお尋ねしたいことがありまして」
笑顔で、は言う。
うるさい鼓動など悟られずに、相手の気持ちを知っていることを現さずに。
孤児院にいた頃、疎まれていたあの頃と同じ笑顔を浮かべて。
「先生は、俺の両親のことをご存知ですか?」
今まで知らずに生きてきた。知らないでいいと思ってきた。
両親が自分を捨てた理由なんて、このおぞましい力だけで十分だから。
だから、知る必要なんてなかった。
だけど今さら知りたいと思うのは、後五日で世界が終わるから。
まだ、死神になることを決めたわけじゃない。
だけど奴ら全員を敵にして生き残れると思うほど、自惚れてない。
選ぶ道は一つ。生きる道も一つ。選択肢は二つ。
何を選べば正しいのか、それはまだ判らない。
判らないことだらけ。
一体、何のために、自分は。
手の中の小さな紙には、さっきの孤児院に来る前にがいた施設の名前が書いてあった。
どうやら細長い糸を地道に引き寄せていくしかないらしい。
はその道のりの遠さを思って溜息を吐き出した。
Tシャツ越し、勢いの強い雨が肩を冷やす。
二つ目の過去を目指して、は歩き出した。
密やかな想いが心にある。
何のために自分は生まれてきたのだろう。
答えが知りたい。
残り、後五日。
2005年2月23日