DYE
34:後五日
窓ガラスを叩かれる音で、は目を覚ました。
マットレスから起き上がれば、その原因が判る。
大粒の雨がまるでぶつかるようにしてガラスを揺らしていた。
「・・・・・・割れないといいけど」
寝起きの擦れた声で呟き、携帯の留守電を確認する。
昨日に引き続き仕事が休みであることと、風邪をぶり返すなよ、という温かい言葉が入っていて。
自然と緩む頬では笑った。
冷蔵庫は視界に入らないように、顔を背けて。
けれどその存在を、確かに全身で感じながら。
雨の中、アスファルトを歩く。
暴風に煽られるビニール傘の音が、まるで傘の上げている悲鳴のよう。
あと何日持つかな、と考えながらは横断歩道で立ち止まった。
台風はまだ勢力を衰えずに、鳴木市の方へ向かってきているらしい。
道路を行き交う車も常よりは少なく、ましてや歩行者の数は半分以下。
ぼんやりと信号が変わるのを待っていると、反対側の歩道にいる女性の折り畳み傘が、無残にも風で吹き飛ばされた。
慌ててそれを追いかけようとして女性は走りかけたが、あまりの風の強さに前へ進めなかった。
その間にも遠くなっていく花柄の傘をは見つめる。
信号が青に変わった。
「・・・・・・これ、どうぞ」
風に煽られて乱れる髪を手で押さえた。
女性の服はもうほとんど濡れてしまっていたけれど、ないよりはマシだろうと思っては傘を差し出す。
ビニ傘で悪いですけど、と付け足して。
恐縮しながら傘を受け取った女性に、は小さく微笑んだ。
今は、誰かに優しくしたい気分だから。
出来れば二度と来たくなかった場所。
呼び鈴を前にしてしばらく躊躇い、結局、押す。
少し待っていると、はい、と機械越しに年配の女性の声がした。
一瞬言葉に詰まってから、はインターホンに向けて名乗る。
「・・・・・・お久しぶりです。以前こちらでお世話になっていたです」
インターホン越しでも判る、息を呑んだ音。
少々お待ち下さい、という声ははっきりと震えていた。
雨の中、は待つ。
己の運命を知るために。
2005年2月23日