DYE
31:後七日
朝起きて、何かを食べようと思うと、必ず木箱を見つけてしまう。
冷蔵庫の上に乗っているそれを見ると、途端に食欲が失せる。
だけど人間は食べなくては動けない。は冷蔵庫を開けて出来合いのスパゲティを取り出した。
咀嚼しているときは、決して木箱が目に入らないように顔を背けている。
一度、食事中にそれを見てしまったことがある。
そのときは得も知れぬ不快感と嫌悪感に襲われて。
吐いたのだ、は。
生きるために必要な食事が、摂れなくなってきている。
「すんません、冷酒一本」
「はいっ! 少々お待ち下さい!」
ビールのジョッキを両手に抱え、は大きな声で返事を返す。
そのままカウンターの裏手に回り、煮物をよそっていた主人に注文を告げる。
「モツ煮、二人前追加です」
「おう。ほらよ、冷酒」
「ありがとうございます」
ボックスから出された瓶を受け取り、棚の中から猪口を持って再びカウンターを出る。
「冷酒、お待たせしました!」
「お、どもども。どうだ? 坊主も一口やってみるか?」
常連客の言葉には笑った。
ストップはカウンター内からだみ声で発される。
「ダメだよ、久保さん。はまだ餓鬼なんすから」
「いいじゃないか、ご主人。俺の夢は息子と酒を酌み交わすことなんだからさぁ」
なのにうちは娘二人でつまんないったらありゃしない。
そう続いた言葉に主人は苦笑して鼻の頭を掻く。
強面の眉が下がったのを見て、は小さく笑って猪口を受け取った。
「じゃあ、一杯だけ」
「お! さすが話が判るねぇ。んじゃまぁ一杯」
「ありがとうございます」
なみなみと注がれた透明な液体を、は店中の手拍子を受ける中で飲み干した。
わあっと歓声を上げる客たちに笑いながら頭を下げて、お酌をしてからカウンターの中に戻る。
主人に髪の毛をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でられ、思わず首をすくめた。
日本酒が、何もない胃の中を熱く流れる。
笑いながら過ごす。
彷徨えるのは後七日。
2005年1月16日