DYE
30:後八日
工事現場の仕事を終え、次のバイトまで時間があるのでは一旦アパートに帰ることにした。
夕飯はバイト先の居酒屋で、女将さんが賄いを振舞ってくれる。
居酒屋の息子さんは何年か前に一人暮らしをするために出て行ったらしく、今はいない。
だからこそ主人も女将も自分のことを息子のように可愛がってくれる。
くすぐったい優しさが、はとても好きだ。
自分の周りは温かい人ばかりだと思う。
明るくて、優しくて、穏やかで、心地よくて。
苦しくて、切なくて、悲しくて、泣きたくなって。
どうしようと、心が痛む。
木箱は部屋の、冷蔵庫の上に置いてある。
持ち歩く気にはなれなかった。
目の前に現れた虚を、は見上げる。
どうしようか、と思う。
以前なら容易く葬れた。今だって軽くやってのける力は健在だ。
だけれども、意識はかけ離れてしまった。
虚は醜いけれど、元は人間なのだと知ってしまった。
消滅させればこの世界と尸魂界のバランスが崩れることを知ってしまった。
戸惑うだけの事実と実情を。
躊躇うだけの選択と未来を。
知ってしまった今、かつてと同じようには出来ない。
この地区の死神は自分が殺してしまった。
だから出来るのは逃げることだけ。
は初めて、逃亡するために虚へ背を向けた。
今までの自分が保てない。
苦悩し続ける、後八日。
2005年1月16日