DYE
29:後九日
目を覚ますと、頭の痛みは消えていた。
曇り硝子の窓を見れば、闇ではなく藍色の空が見える。
まだ朝じゃないのは判ったけれど、二度寝したいと思うほど、頭は睡眠を欲してなかった。
マットレスに手をつき、は身体を起こす。
ポケットから携帯電話が零れ落ちて、畳の上を転がった。
それを取ろうと手を伸ばして。
そして、息を呑む。
いつもと変わらない一日が始まったはずなのに。
それが幻だと言う様に、小さな木箱が鎮座していた。
「よぉ! もう風邪は治ったのか?」
景気良く背中を叩かれて、は思わず前のめりになりながら振り返る。
二十くらい年上の男は、同じ工事現場で働く同僚だった。
「おかげさまで。三日も休んですみませんでした」
「まったくだぜ。おまえがいないから俺は一人でコンクリを流しては固め、流しては固め・・・・・・」
「それでライン引こうとしたら見事に曲がったんだよな?」
簡易ロッカーからヘルメットを出していると、出勤してきた男たちが笑いながら話に混ざってくる。
「ライン引きはいつもがやってただろ? だから俺たちじゃ上手くいかなくてなぁ」
「三日分、きっちり仕事は残してあるぜ? きびきび働け、若人よ」
同僚というよりは、まるで息子のような扱われ方。
だけどはそれが嬉しかった。こそばゆくて、照れくさい。
父親がいたらこんな感じかな、といつも考えていた。
変わらない同僚。
変わらない生活。
変わらない日々。
―――迫ってくる足音が聞こえる。
後九日。
2005年1月5日