DYE

28:後十日





穿界門を通り抜けたそこは、見慣れた自分の部屋だった。
畳の上に立っていることに気づき、は慌ててスニーカーを脱ぐ。
腰を屈めて拾い上げると、それだけの動作なのにやけに疲れた。
身体が重い。
足が動かない。
首をめぐらせて玄関を見れば、変わらない光景がある。
二日前、仕事に行こうと部屋を出たときと、何も変わらない光景が。
靴を放り投げる。一つは壁にぶつかって、もう一つはドアに立てかけてあったビニール傘にぶつかった。
傘の倒れる音がやけに耳障りで、は眉を顰める。
頭が痛い。



バイトに行かなきゃ。
ただでさえ一昨日休ませてもらって、昨日は無断欠勤してる。
洗濯物も溜まってる。
コインランドリーに行かなきゃ。
冷蔵庫の中のパンも食べなきゃいけない。
携帯の通話料も振り込まないと。
やることがある。たくさん。
日常が溢れてる。
頭が痛い。



頭が痛い。



唇を噛み締めて、はベッド代わりのマットレスに崩れるようにして寝転んだ。
ポケットの中の携帯が少し邪魔だったけれども、出す気力さえない。
痛みを堪えようと瞼を下ろし、きつく目を瞑る。
唇から漏れる息は、ひどく不規則だった。
手の中から小さな木箱が転がり落ちる。
それは死神から持たされた、自身を殺す薬だった。





決意の日まで、後十日。





2005年1月5日