DYE

21:泣かないで、ねぇ





覚えている中で、一番古い記憶。
ベビーベッドの柵。見上げる天井で回るおもちゃ。
カラコロと音を立てているそれは、赤子を宥めるための玩具。
聞こえてくる話し声。哺乳瓶の擦れる音。
温かくて柔らかな空間。だから、何かを求めて泣く必要もなかった。



それを破ったのは、覗き込むようにして現れた、黒衣の者。



何だろう、と思った。
母さんじゃない。父さんでもない。
誰。何でここにいるの。
誰。どうして俺を見るの。
何でそんな顔をするの。
俺、何か悪いことをしたの。
ねぇ、どうしてあなたは剣を取り出すの。
どうしてそれを俺に向かって振りかざすの。
父さん。母さん。どこ?
ねぇ、やだ。俺、死にたくない。
まだ抱きしめてもらってないのに。
父さんと母さんに、抱っこしてもらいたいのに。
死にたくない。死にたくないよ。
やめて。
やめて。





や     め        て





様」
声が耳から入り聴覚を刺激し、の瞼を震わせる。
寝転んでいた視界に格子の十字が映り、そして逆様に死神の顔が見えた。
怯えているその様子を流して身を起こす。
目を擦り、欠伸を一つ噛み殺した。
「・・・・・・やっとお呼ばれ?」
ひどく不機嫌な声音になってしまったことに、自分でも気づいた。
案の定、死神はびくりと肩を震わせている。
心中で舌打ちしながら立ち上がり、鍵の開けられている出入り口から外へ出た。
「ごめん。ちょっと気が立ってた」
同じような身長の死神の脇を通り抜ける際に、小さく呟く。
驚いた死神が振り向いたときは、すでには四方を囲まれて連れて行かれていた。
残された死神は、言葉もなく立ち尽くす。
嫌な夢を見てしまった。思い出したくない、過去を。





ねぇ、泣かないで。
母さん。父さん。
捨てないで、俺を。





2004年12月5日