DYE

16:可能性のある未来の話





殺そうとしてくるなら、殺す。
害がないようなら、放っておく。
不穏な空気を感じたら、次の瞬間には葬るようにしてきたけれど。



それじゃ、今は?



更木が動くたびに、彼につけられている鈴が可愛らしい音を立てる。
何でこんな変な髪形なんだろうか、とは剣先をかわしながら思う。
それとも死神というのはこれが流行なんだろうか。いや、でもついこの間半殺しにした女は、至って普通のお団子をしていた。
生まれてこの方葬ってきた死神は数多いが、その中には普通そうなのもいれば、見るからに可笑しそうなのもいたはず。
だからきっとこれは更木の趣味なのだろう。
「おらおらどうしたっ!? てめぇから仕掛けて来いよ!」
問答無用で攻撃してきながら、よくもまぁそんなことを。
考えながら、はリクエストに応じて身を屈め足払いを仕掛ける。
一歩更木が退く間に手の平を熱くして、着物の腹に向かって腕を横に走らせる。
放たれた力は美しい火花を描いて、けれど更木の皮膚までは切り裂けなかった。
着物だけが捲れ、逞しい腹筋を露にする。傷跡の多い、腹を。
更木が己のそれを確かめ、楽しそうに低く笑い声を上げた。
「・・・・・・やるじゃねぇか」
人間のくせに、と続けられて、は身体を起こした。
右の手の平を数度握りながら、更木を見やって。
拳と剣を交わしたこの数分で思ったことを口にする。
「あんたは力の半分も出してない。それとも出せないのか?」
更木が軽く目を瞬き、興を殺がれたように答えを返す。
「・・・・・・俺たち隊長格は、現世じゃ五分の一程度の力しか出せねぇ」
「それじゃあ俺は殺せない」
それは、まるで当然のように軽く言われた。
三メートルほどの間合いで、は表情を変えずに。
「あんたが望んでいるのは限界での殺し合いだろ? だけど今のあんたじゃ、俺の相手は役不足だ」
「何だと・・・?」
「俺は、あんたを殺すべきか迷ってる。今までの『死神』はみんな俺に向かって殺意を持っていたから。だけどあんたは違う。殺したいんじゃなくて、戦いたい。あんたはそう思ってる」
それはとても大きな違い。
だからこそは迷っていた。この死神なら、話が通じるかもしれない。



日常となっている『化け物』との戦い。
人には見えない返り血を浴びるのにも慣れた。
醜い断末魔を流すのも、不審な仕種を隠すことにも。
15年の間に慣れてきた。様々な異質。
だけど浦原が言っていた。



『彼らはアナタを保護してくれますよ』



それが本当なら。
それで普通の人間に、なれるというなら。



「何をぐたぐた言ってやがる」
不機嫌そうな、更木の声音。
かすかに己の思考を漂っていたは顔を上げ、背の高い彼を見上げる。
不思議と怖くはない。むしろ縋るべきもののようにも感じた。
「てめぇは俺と全力でやり合えばいいんだよ」
「俺、あんたを殺したくない」
「俺はてめぇを殺すぜ」
「殺せばいい。どうせ出来ない。死神の世界でのあんたなら、出来るかもしれないけど」
ぴくりと更木が片眉を上げた。
しばし考え込むような表情を見せ、けれど刀の柄をしっかりと握り締める。
ちりん、と鈴が音を奏でた。
浮かぶのは笑み。心底楽しそうなそれには思わず苦笑した。
バトルマニア、なんて言葉が頭を過ぎって。
「行くぜ!」
向かってくる更木を交わして気絶させて捕らえる。それから話をしてもらおう。
死神のいる世界とやらの。





俺を普通の人間にしてくれる。
その、可能性のある未来の話を。





2004年11月20日