DYE

13:厭きれる





朝、いつもどおりに目を覚ます。
小さなアパートの一室。閉めた窓の向こうから、車の走る音が聞こえる。
畳に直に置いているマットレスから身を起こし、は立ち上がった。
着ていたシャツを脱ぎ捨てて紙袋へと放り込む。コインランドリーに行かなきゃな、と考えて。
朝食はいつものようにコンビニの菓子パンを開けて口にする。
小さな冷蔵庫から取り出した牛乳パックの日付を確認してから、グラスに入れず直接飲んだ。
歯を磨いて顔を洗い、ジーパンと新しいシャツを着る。
携帯電話と財布などの必需品をポケットに入れ、はスニーカーを履いた。
音を立ててドアを開ける。
誰もいない部屋には「いってきます」の声すらも必要なかった。



『アナタは虚に好かれやすいタイプなんですねぇ』
昨日、ゲタ帽子の言っていたことを思い出しながら、は手の平を翳す。
それだけで目の前にいた化け物―――昨日名を知ったばかりの虚とやらは、雄叫びを上げて消えていく。
その姿は自分以外の人間には見えない。だから葬るには、出来る限り自然な動作で行う必要がある。
他人から見て、何をしているのか疑問に思われないように。
『アナタを食べれば更に強い力を得ることが出来る。稀にいるんすよ、そんな人が』
いらない性質だ。だけどそう言われたときに納得できた。
自分を食べれば強くなれる。だから虚は狙ってくる。それならば倒すことも道理。
『だけど死神まで殺したのは、やり過ぎです』
ゲタ帽子は確か、名を浦原といった。
『彼らは虚を殲滅するのがお仕事ですから。どちらかといえばアナタの味方なんですよ』
味方なんていない。百歩譲ってそうだとしたら、何故俺は赤子のときに殺されかけた?
『・・・・・・彼らには彼らなりの言い分があるんすよ、きっと』
苦笑したゲタ帽子は、普通の人間ではなかった。
ニャアと鳴く猫も、ただの猫ではなかった。
『次に死神に会ったら、攻撃せずに話しかけてみて下さいな。そうすればきっと、彼らはアナタを保護してくれますから』
うさんくさい話だと思った。別に従う義理もない。
はそう考えて手の平に力を寄せる。
そして一歩、足を下げた。



途端に地面が裂け、爆風が起こる。



「きゃあっ!」
「何だ―――!?」
アスファルトに開いた穴と、周囲に飛んだ小さな欠片。人々の動揺する声が聞こえる。
その中心を眺めながら、は小さく溜息を吐いた。
男が立ち上がる。こちらを向いて、笑みを浮かべる。
黒い着物と手に持っている剣。浦原の言葉が頭を過ぎる。
『次に死神に会ったら、攻撃せずに話しかけてみて下さいな』
あんたはそう言ったけれど。



相手に聞く気がなくて攻撃を仕掛けられる場合、どうすればいいんだ?



は第二撃を避けると、踵を返して走り出した。
バイトは遅刻かな、と考えながら人通りのない場所を探す。
後ろから追いかけてくる、隻眼の死神の気配を感じながら。





生まれてきた自分に、厭きれる。





2004年11月7日