DYE
11:後戻りは出来ないよ
たとえば隣町との境にあるスーパーだとか。
たとえば放課後の帰宅時間で賑わう歩道とか。
たとえば塀の上を見上げたときとか。
たとえば車で通り過ぎた古い店とか。
そういった様々なところでは出会い擦れ違ってきた。
誰にも何にも声なんてかけずに。
それは、相手のことを思った彼なりの親切だったのに。
「・・・・・・どうして自分から名乗り出てくるんだろうね」
せっかく害がなさそうだから見逃してあげていたのに。
呟いて、は振り返る。
右手には用の無くなった傘。
空から降り注ぐのは目映い月光。
雨は通り雨だったのか、一瞬だけ激しく、今はなく。
かすかに湿ったアスファルトを見下ろして、彼は目を細めた。
「こんばんは、猫さん」
闇に紛れるような黒猫に、は軽く言葉を投げかけた。
居酒屋のバイトに行く前、珍しく赤い血を持っている化け物を始末した。
正確に言えば始末しようとして瀕死に追い込み、逃げるのをそのまま見送った。
化け物の呼び出した扉らしきものに目を奪われ、あぁ、あれが自分を狙う物たちのいる世界なのかもしれない。
そう思っている間に化け物が戻っていった。本当は行かせるべきではなかったのかもしれない。
仲間を連れて大挙して来られたら面倒だ。やられるつもりはないけれど。
「うーん・・・多分それはないっすね。アタシが思うに彼らが大挙して現世に来ることはナイですよ」
「じゃあ俺にとっては問題ない。あんたたちにとっての問題は、俺の存在?」
「そうです。というよりも、アナタが虚や死神を殺し続けることでアタシたちにまで捜査の手が伸びてきたら困るなぁ、と」
「・・・・・・ホロウって、さっきの化け物?」
が聞き返すと、下駄に帽子の男―――浦原と名乗った相手は、間を取るように己の無精髭を撫でて。
そしてようやく溜息と共に、彼にしては真剣さを帯びた声で呟いた。
「どうやら、本当に何にも知らないみたいっすねぇ・・・・・・」
よくこれで今まで生きて来れたもんだ。
その呟きに同調するように、黒猫がニャアと鳴いた。
車で通り過ぎていただけの古い店で。
三竦みのように並んだ黒猫とゲタ帽子と異質な少年。
巻き込まれたのはどっち?
もう、後戻りは出来ないよ。
2004年10月30日