DYE
10:15年越しのサイン
まず、異様なほどの虚の集約。
そして担当者がいなくなった後も、出没した虚は倒されている。
上記の条件を満たした上で失踪している死神は、隠密機動によって20名だと報告された。
一番最初の死神が消えてから、15年。
半永久的な生を持っている死神にとっては短い、けれど人間にとっては長い時間。
「・・・・・・その間、誰も気づかなかったと言うのか?」
多少の苛立ちを含んだ声で、藍染が問う。
それは変異に気づけなかった彼自身にも向けられていたのだろう。
穏やかな微笑を浮かべていることの多い顔が、今は顰められている。
「しゃあないやろ。隊長格の入れ替わりもあるんやし、死神なんて実際は使い捨てやしな」
市丸は報告書をヒラヒラと翳して笑った。
藍染がそれにさらに眉を顰めると、同じようにして書類に目を通していた更木剣八が口を開く。
手の中の書類はすでに握り締められ、その口元はひどく楽しそうに。
「伝令神機が反応しねぇってことは、相手は虚じゃねぇってことだな?」
「虚は共食いなんてせぇへんやろ。せやけど死神やったら魄動で判るやろうし」
「まぁ、何だろうと関係ねぇ」
興味をなくしたように丸めた書類を投げ捨て、更木は大股で歩き出す。
その横顔はまるで玩具を見つけた子供用に。
けれどそれとは比べ物にならないほどの、迫力と力に満ちていて。
「人間でそれだけ強い奴がいるとはな・・・・・・。いい暇潰しになりそうだぜ」
「おい、更木」
戦闘にすべてを懸けていると言っても過言ではない十一番隊長を、藍染が諌めようとしたとき。
空間が、歪んだ。
感覚を頼りに現れる扉は、尸魂界と現世を繋ぐ鍵。
いつもは場所に座標を定めて開くそれが、今は藍染の前に現れていた。
市丸と更木、そして同室にいた他の隊長らも自然と口を噤む。
胸に広がり始めた予感に、藍染が一歩踏み出した。
扉が、開く。
「―――雛森君・・・・・・っ!」
もはや這うことすら出来ない己の副官に、藍染の血が一瞬にして下がった。
駆け寄って、その首筋に手を当てる。
脈はある。けれど傷は深い。出血が多すぎる。
「ちょお、そこの君。四番隊長さんを呼んで来てくれへん?」
市丸が部屋の外にいた誰かに向かってそう言った。
藍染はきつく雛森の手を握り締めて、心の中で必死に祈る。
心臓がものすごい速さで脈打つのに彼自身気づいていた。
「・・・・・・ぁい・・・・・・・・・ょ・・・」
注意しなくては聞き取れないほどの呟きが、血のこびり付いた唇から漏れる。
「・・・めん・・・・さぃ・・・・・・ぁたし・・・・・・」
「判っているから喋らなくていい。今、卯ノ花さんを呼んだから」
「・・・・・・・・・」
空気にしかならない声で、雛森が謝る。
彼女が現世へ行っていたのだろうことは、藍染にも容易く想像がついた。
仲間の不可解な失踪。死の色が強く纏わりついているそれに、雛森が心を痛めないはずがない。
その気持ちは判っていたのに、自分は汲んでやることが出来なかった。
残酷な結果が、今の状況。
藍染は湧き上がってくる己への叱責に、雛森の手を握る手に力を込めかけて、けれど必死で堪えた。
廊下が騒がしくなってきて、卯ノ花の到着を知らせる。
けれどそれよりも先に、口を開いた者がいた。
「おい。奴はどんな形をしていた」
更木の低い声に、藍染は顔を歪める。
やめろ、と言いかけて開いた唇は、けれど別の人物によって封じられた。
固まった血は、赤よりも黒く濁って。
「・・・・・・十代の・・・・・・」
雛森はまるで最後の力を振り絞るかのように。
自らに傷を与えた人間を、瞼の裏に描く。
「・・・黒髪の・・・・・・おとこ・・・でし、た・・・・・・」
卯ノ花が到着し、雛森が引き渡される。
藍染は部下の血に染まった羽織をきつく握った。
更木は早々に部屋を去り、他の隊長らもめいめいに動き出す。
書類をもう一度読み返して、市丸は笑った。
誰も気づけなかった、気づいても無視をされていたそれは。
・・・・・・15年越しのサイン。
2004年10月17日