DYE
08:邂逅
雨が降っている。強く、たしかな水滴が。
義骸に入っていない今、それらは雛森を濡らすことはない。
けれど視界を悪くさせられ、小さく唇を噛んだ。
死神がいなくても、現れる虚を抹殺している者がいる。
その者は滅却師【クインシー】かもしれない。もしかしたら違うかもしれない。
けれどその者が死神の行方不明に関わっている可能性は大きい。
もしかしたら、死神を殺して、その力を得たのかもしれない。
最もあってほしくない想像が雛森の頭を占めていた。
同じ隊の隊員が、部下が殺されたのかもしれないと思うと、いてもたってもいられなくて。
藍染には告げずに現世へ来た。
今もなお鳴木市にいるであろう、死神を屠った者を捕らえるために。
その気配が現れるのと同時に、雛森の手元でけたたましい音が鳴り響いた。
伝令神機の液晶画面を見て、そして地を蹴って走り出す。
いつもは虚の出現よりも先に情報が伝達されるのに、今はそれが同時だった。
異常な事態だけれども、今の雛森がそれに気づくことはない。
雨の降る中を、感覚に頼って走り抜ける。
屋根伝いに飛んで。
駆けて。
―――ビルを、舞う。
滴が頬に当たった。
「・・・・・・はい。え? 雨ですか? 大丈夫ですよ」
アスファルトの道に、すでに虚はいない。
傘を差しながら携帯電話で話をしている人間。
遠くから聞こえる車のエンジン音。
「もうアパート出ましたから、あと五分で着けそうですし」
力の抜けていく手を、雛森はどうすることも出来なかった。
見つけることが出来ると思ったのに。
虚の気配はなくなっている。だからこそ、なくした者を。
見つけ出して、そして。
「はい。・・・・・・はい、大丈夫です。行けますから」
噛み締めた奥歯が鈍い音を立てた。
不安が憎しみに変わって、浮かび上がる。
「絶対に許さない・・・・・・っ!」
斬魄刀を握り締めた、とき。
「じゃあ、どうするの?」
弾かれて振り向いた瞬間、何か熱いものが身体にぶつかった。
噴き出す赤い液体が自分のものだと悟るよりも先に。
痛覚の彼方、崩れ落ちる視界で雛森は見た。
死神を見ることのない人間が、確かに自分を見つめているのを。
口元を、血が伝う。
信頼している上司の名も、失ってしまった仲間の名も、呼ぶことなど出来なくて。
膨れ上がる毒のような熱が、咳と共に赤く染まる。
雛森は堪えきれずに崩れ落ちた。
人間は、静かに見下ろす。
それが、二人の初めての出会いだった。
2004年10月13日