DYE

06:白き霧に抱かれて





目の前に置かれたミルク。器は深さのない平たい皿。
それらに相応しい小さな姿で、夜一は口を開く。
「ここしばらくの異変、気づいておるか?」
猫に関わらず言葉を喋る彼女は、傍から見たら化け物以外の何物でもないだろう。
けれど今ここにいるのは、そんなことはとうに知っている人物だけで。
「さぁ。何のコトでしょ?」
「とぼけるな。鳴木市に出没している虚の件じゃ。尋常な数ではないぞ」
「そーみたいっすねぇ」
「―――喜助」
低い声が猫の口から発されて、浦原は帽子の上からぼりぼりと頭を掻いた。
「あー・・・・・・そう怒んないでくださいよ、夜一サン。鳴木市の虚の件なら今テッサイに調べてもらってますから」
「担当の死神が消えた」
「それも聞いてマス」
「では、藍染が現れたのも聞いたか?」
浦原の湯飲みを持っていた手が止まり、少し瞠目したような目が帽子の縁から覗く。
けれどそれも一瞬のことだった。
「時間にして数分。おそらく担当者の魄動でも探っていたのだろう。さっさと尸魂界に帰っていったわ」
「・・・・・・隊長さんのお出ましとは、ずいぶん物騒っすねぇ」
「それだけのことが起きているということだろう。監視蟲や隠密機動など煩わしいことこの上ない」
「ナルホド。だからウチに来たんすか」
滅多に会うことなどない夜一が尋ねてきた理由を知り、浦原は一人で得心した。
尸魂界から遠ざかって暮らしたいのは、浦原も夜一も同じである。だからこそ、今の鳴木市の変事は二人にとって好ましくない。
出来ることなら理由を知り、さっさと対処しておきたい。
それはもちろん事を片付けるという意味ではなく、事からどのように逃れるかという意味で。
「・・・・・・・・・厄介ごとは嫌なんすけどねぇ・・・」
「それは儂とて同じじゃ」
吐き出された深い溜息が、手をつけられていないミルクの表面を揺らした。



まるで糸のような霧雨が降り注いでいる。
足場の悪い工事現場でこれ以上仕事を続けるわけにもいかず、親方から撤収命令が出された。
「おい、早く上がれよー!」
「はーい!」
年上の同僚から声をかけられて、は大声で答える。
だが、その眼は水滴を落としてくる空を見上げていた。
ヘルメットの下、額に張り付く前髪を指で分けながら。



白き霧に抱かれて、降りてくる黒い着物の人影を見つめていた。





2004年10月5日