DYE

04:闇が降りてくる





地獄蝶が、青空の下を飛び回る。
高いビルの屋上、藍染は眼下に広がる街を見下ろした。
行きかう人々が纏っているのは着物ではない。尸魂界とは違う、現世。
本来ならば仕事でしか来ないだろうそこで、藍染は目を閉じ、意識を集中させていた。
地獄蝶が彼の周りをヒラヒラと舞って。
やがて瞼の上げられた瞳は、たしかな強さを、そして限りない悲哀を湛えていた。
「・・・・・・・・・山上君」
この地区の担当である、己が部下の名を呟いて。
欠片ほども感じ取れない魄動に、拳をきつく握った。



「藍染隊長!」
現世から戻ってきた尸魂界の五番隊詰所で、藍染を迎えたのは副隊長である雛森だった。
正規の勤務時間をとうに過ぎている部屋には、彼の戻りを待っていた雛森しかいない。
可愛らしい顔を不安に染めている彼女に、藍染は安心させるように微笑する。
けれど、告げる内容は真逆のものだった。
「・・・・・・映像庁と、隠密機動に連絡を」
「―――・・・・・・っ!」
見開かれた瞳に涙が浮かんでくるのを、しっかりと見つめて。
先ほど確認してきた事実を告げる。
「山上君の担当である鳴木市に、彼の魄動は感じられなかった。伝令神機による応答もない。彼の所在を捜索してもらうために隠密機動を、鳴木市で何かが起こっている可能性もあるから映像庁を」
「・・・・・・っ・・・」
「雛森君」
震える肩に両手をおいて、今度はちゃんと温かく微笑む。
「大丈夫。まだ彼に大事があったと決まったわけじゃない。ひょっとしたら虚との戦いで傷ついて、義骸に入っているだけかもしれないよ」
「・・・・・・はい・・・」
「僕らは彼の無事を確認するために動くんだ。それを忘れないで」
「―――はいっ!」
励まされる言葉に顔を上げて頷く。
雛森の藍染に対する信頼は深く、彼の言葉を信じたい自分もいる。
同じ仲間である五番隊員に何かあったのなら、少しでも早く助けたい。
「映像庁と隠密機動に伝えてきます!」
駆け出していく部下の後ろ姿に、頼んだよ、と声をかけて見送った。
詰所のドアが音を立てて閉まり、再び静寂が訪れる。
誰もいない執務室で、部下には決して見せない冷ややかな表情を、藍染は浮かべて。
爪が食い込むくらい、掌を握り締める。
死神が一人消えた。





闇が降りてくる。





2004年10月3日