紫苑では、各自の部屋はそれぞれが掃除することになっている。だから綺麗好きな奴の部屋は綺麗だが、そうでない奴の部屋はかなり汚く、そのギャップは激しい。周囲に迷惑さえかけなければいいと思うが、そんな奴らにも二月に一度の廊下清掃は義務付けられている。二部屋ずつ担当になり、その階の廊下に掃除機をかけ雑巾で窓を拭く。そして今週の当番は、俺と隣室の鳳だった。





このこメカのこオカシのこ





「・・・あれ?」
鳳の呟きが聞こえて振り返れば、つい一秒前まで騒がしく稼動していた掃除機が止まっていた。カチカチッとスイッチを押しているようだが、動き出す気配はない。
「もしかして壊れた・・・?」
「壊したの間違いだろ」
「え! でも俺は普通に使ってただけだし・・・っ」
慌てふためいた様子で鳳が振り返る。雑巾で窓を拭いていた手を止め、掃除機本体の電源を押してみるが、やはり動かない。
「どうしよう・・・とりあえず、管理人さんに」
「待て」
心なしか青褪めた顔の鳳を引き止める。あぁ、そういえばこいつは紫苑に入寮したばかりだから知らないのか。そう考えて、俺はパーカーのポケットに手を入れて目当てのものを取り出した。
「覚えとけ、鳳。紫苑では電化製品が壊れたときにこうする」
手の中の小さくて丸い物体を、廊下に落とした。
カラン・・・コロコロコロ・・・だだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ



「どこ!? 俺のママ味!」



階段を勢いよく上って現れた馬鹿な三年に、鳳は手にしていた掃除機を落とした。きらきらと目を輝かせた甘いもの好きは、俺と鳳の間に落ちている飴を見つけると、ヘッドスライディングするかのごとく滑り込み拾った。・・・跡部部長は常々この人のことを馬鹿だと言っているが、俺も心底そう思う。
さん、掃除機が壊れたみたいなんで見てもらえますか」
「んん?」
さっそく紙を開いて飴を食べ始めた口元には、チョコレートのカスがわずかについている。・・・この人はこれで本当に中三なのか?
「ひょーりき?」
「ええ」
「ひーよー」
もごもごと口を動かしている様子は小動物にしか見えない。ハーフパンツの足を崩して廊下に座り込み、慣れた手つきで掃除機の蓋をぱかりと開ける。ゴミパックを外し、接触を一つ一つ確かめていく指はまるでオモチャを与えられた子供と同じだ。
「日吉・・・」
恐る恐るといった感じの声に振り向けば、鳳は複雑そうに眉を顰めていた。
「いいか、鳳。電化製品が壊れたらこの人を呼べ。本人は砂糖で出来てるが、機械に関してだけは一応頼りになる」
「・・・機械は、さん」
「そうだ。以前は忍足さんの壊れたホームシアターも完璧に直してみせたくらいだ」
その姿を見て俺たち紫苑生は、誰にでも取り得というのが一つくらいはあるものだと納得したからな。宍戸さんに至っては、いつかこの人がカラメルになって溶けてしまうのではないかとまで考えていたらしい。愚かだと思うが笑えない。それほどにこの人の主成分は甘味で出来ている。
「・・・日吉、さっき飴を落としたらさんが来たよね・・・?」
「それが最も手っ取り早い呼び方だろ」
さんの部屋は、一階だったよね・・・?」
「だから、この人の主成分は甘味で出来てるんだよ」
二階の廊下から階段と一階の廊下と部屋のドア越しにでも菓子の落ちた音が聞こえるくらい、この人は砂糖狂なんだ。そして音だけで飴のメーカー当てられる時点で、すでに常軌を逸している。

「ワカサマ、トリィ、終わった!」
一分も経たない内に再び掃除機の蓋を閉め、菓子好きは振り向いた。その口が動いていないってことは飴を食べ終えたのか。分かっていることとはいえ早すぎる。スイッチを入れると騒がしいモーター音がして、鳳が感激したように声を上げる。
「ありがとうございます! さん!」
「どういたしまして、トリィ!」
満面の笑顔と、突き出された手。鳳はそれに首を傾げて、自分も同じように手を乗せた。・・・馬鹿か。
「ちっがーう! ギブアンドテイク! ギブミーちょこれーつ!」
「えっ! あ、はい!」
暴れだしたさんに、鳳は弾かれたように部屋へ駆け戻り、ポッキーの箱を手に戻ってきた。
「あの、これしかないんですけど」
「じゅーぶん! サンキュートリィ! 何かあったらまたよろしく!」
「こちらこそお願いします!」
逆だ。心中でそう思うが、鳳は律儀に頭を下げ、さんは意気揚々と廊下を去っていった。足取りがピヨピヨと聞こえるのは気のせいかと思ったら、どうやらスリッパから音が出ているらしい。黄色い、風呂に浮かべそうなアヒルを模したスリッパ。あの人は絶対に中三男子じゃない。隣で複雑そうな顔をして黙っていた鳳が、握っていた手の平を開いた。
カラン・・・コロコロコロ・・・ピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨ



「どこ!? 俺のハイチュ!」



この人が水飴になる日は近い。





2005年1月30日