『じゃあ長太郎、ちょっと行ってくるわね』
そう言って母さんと父さんはアメリカへ行ってしまった。 未だ在学中の俺を一人取り残して。





一名様ご案内





「まぁ良かったじゃねぇか。左遷じゃなくて栄転なんだからよ」
「それはそうなんですけれどね・・・」
宍戸さんに案内されながら、俺は初めて入る建物が珍しくてキョロキョロと周囲を見回していた。
「長太郎の部屋は207号室な」
「二人部屋ですか?」
「いや、一人部屋だ。三年は全員一人部屋で、一年は全員二人部屋。二年は部活に入ってる奴から優先的に一人部屋があてがわれてる」
「あ、じゃあ日吉も一人部屋なんですか?」
「あぁ。おまえの隣の208号室だから判んないことがあったら聞け」
「はい」
うなずいて、やっぱり俺は周囲を見回す。
そこには学校とは違って私服姿でくつろいでいる氷帝の生徒たちがいた。

両親が突然転勤となってしまって、俺は寮へと放り込まれてしまった。 二年生に上がると同時に、寮へ。・・・寮へ。 ・・・・・・確かに存在は知っていたけど、まさか自分が入るなんて考えてもいなかったなぁ。 氷帝学園は全国から生徒が来ていたりするから、寮があっても不思議じゃない。 部活で帰るのが遅くなったりする子や、俺と同じで両親が海外にいる子。 ときどき親の方針で寮生活を送らせられてるっていう子もいるって聞いた。 とにかく、1クラスに5〜6人は寮生がいるくらいだし。
俺のダブルスパートナーである宍戸さんも、自宅が都外ということもあって寮生だ。さっき出た日吉だけじゃなく、忍足先輩と芥川先輩も寮生だって聞いてる。 芥川先輩が毎日どうにか遅刻しないで来ているのは、寮生だからなのか・・・。
まぁ、というわけで俺も今日からこの寮へと入ることになった。
―――氷帝学園中等部男子寮、『紫苑』へと。

「家具は備え付けのものでいいんだったよな?」
二階への階段を上りながら宍戸さんが振り返る。
「はい。もしも必要になったら持ち込みますから」
「その方がいいだろうな、内装とかは隣に迷惑をかけない範囲で大体好き勝手やっていいことになってる。その代わり部屋を出ていくときには元に戻す必要があるけどな」
「冷蔵庫とかの持ち込みもありなんですか?」
「当然だろ。今度忍足やジローの部屋に行ってみな。忍足はホームシアターで壁を覆ってるし、ジローなんかフローリングに絨毯ひいて年がら年中床で寝てるぜ」
「あはは!」
話を聞いている限り、想像していたのとは違ってすごく自由みたいだ。まぁこれも氷帝だから何だろうけど。建物はとても奇麗で、一人部屋はシャワーまでついていて、食事もちゃんとしたものが出てくるみたいだし。金持ち学校って世間で言われてるのも否定できないなぁ、なんて思っていたら宍戸さんが一つのドアの前で立ち止まった。部屋の番号は、207号室。
「ここがおまえの部屋。後で名札もちゃんと貼っとけよ」
空の表札を指さして宍戸さんが言う。ここが、俺のこれから二年間を過ごす部屋。少しドキドキしながら、その扉に手をかけた。ノブのひねる音がして、静かにドアが開く。八畳の部屋に窓からまぶしい光が差し込んでいて。輝いているフローリングの床に人影が。

・・・・・・人影?

バタンっと条件反射で思いっきりドアを閉めた。何、何だったんだろう。まさか、人? でもここは俺の部屋だし。見上げた部屋番号は確かに207。宍戸さんが間違えてなければここは確かに俺の部屋なはず。なのに、なんで、人?
「どうした? 長太郎」
宍戸さんが不思議そうに聞いてくる。
「・・・・・・」
「おい?」
「・・・中に、誰かがいたような気がするんです・・・」
ポツリと呟いたら、宍戸さんはとても不可解という感じの顔をした。俺も不可解です・・・。ちょっと泣きそうです・・・。寮生活一日目から普通じゃない出来事が・・・。
「・・・おい、まさかそれ」
宍戸さんが何かに気づいたかのように顔を上げて、そして俺の手からドアノブを引ったくって部屋の中を覗き込んだ。後ろからそっと覗いた俺の視線の先では、やっぱりさっきと変わらない人影が・・・。何なんだろう、これって・・・。
泣きそうになった俺の前で、宍戸さんが思いっきり怒鳴った。
てめぇっ! 帰ってくるときは玄関から入ってこいって言ってんだろーがっ!」
・・・、さん? 初めて聞く名前に首をかしげる。俺の部屋のはずの真ん中に寝ころんでいるその人は、ゴロッと転がって俺と宍戸さんを見上げて。黒い丸い瞳と目が合った。
これが、俺の寮生活の始まりだった。





2004年10月21日