ずっと、待っている人がいる。
いつかまた会える。そう、願う。
決してこの想いは色褪せない。
だってあの人は大好きな人。
私の胸にともる、大切な光。
00:胸にともる光
「こんにちは」
大きな邸宅の前で、雛森桃はそう挨拶して門扉を開いた。
まさに門と言っても差し支えないような引き戸は、軋む音を立てて横に動く。
中に広がるのは、塀の外から見ていた以上に広い敷地。
ただ、庭の木や草は刈られることなく伸び続け、お世辞にも手入れがされているとは言いがたい。
辛うじて残っている石畳を見つけて、ゆっくりと歩き出す。
植物は生え放題だが決して荒んでいるという印象はなく、桃はいつも来るたびに微笑んでしまう。
大きな池の中で変わらずに泳いでいる鯉だとか、大きな木に巣を作っている鳥だとか。
そういった優しいものが、この場所には溢れているのだ。
だって、ここはあの人の家だから。
「あらまぁ、桃様!」
いつの間にか立ち止まって庭を眺めていた桃は、かけられた声に振り向いた。
背の高い草の向こうから、こちらへと小走りに寄って来る年老いた女性。
着物の袖を襷でまとめている彼女は、この家にずっと勤めている家政婦だった。
年はとっているが、それでも動作は機敏。昔は死神だったと聞いたこともある。
穏やかで、温かくて、まるで祖母のような彼女が、桃はとても好きだった。
「こんにちは、カエさん」
「こんにちは。ようこそいらっしゃいました。申し訳ありません、お出迎えもせずに」
「そんな、気にしないで下さい。あたしこそいつも勝手に入ってきちゃって・・・・・・」
「いえいえ、この屋敷は様のものですから。その恋人でいらっしゃる桃様も、どうぞご自由になさって下さってよろしいのですよ」
当然のように言われた言葉に、桃は曖昧に微笑んだ。
けれどその背を押して、家政婦は彼女を中へと招き寄せる。
「さぁさ、どうぞお入り下さいませ。何もお構いは出来ませんけれども」
そうして広い庭を抜け、邸宅と呼ばれるに相応しい建物へ入っていく。
――――――主のいない、屋敷へと。
広すぎる屋敷は、部屋数がいくつあるのか未だに知らない。
初めて来たときから月日はそれこそ経っているのに、迷子になることも珍しくない。
そんな家を一人で維持し続けている家政婦も、今はこの場にいなかった。
彼女にも仕事がたくさんあるだろうから、と桃が柔らかに断り、そして相手も桃の心情を思いやってそれを受け入れた。
主のいない部屋の襖を開け、桃は足を踏み入れる。
以前に来たときと変わっていない部屋が、安堵できて、けれど悲しかった。
机も、箪笥も、明り取りも、何もかもが、今にも動き出しそうなのに。
それなのに、それらを使う人はいない。
まだ、帰らない。
震える唇が、名を呼ぶ。
「・・・先輩・・・・・・」
想いが溢れて涙に変わった。
あなたの家で、あなたの部屋で、あなたのものに囲まれながら。
私はあなたを待っています。
探しに、行けは、しないから。
ただただ、あなたが帰ってきてくれるのを。
待っています。待ってますから。
だから必ず、帰ってきて。
どんなに離れていようとも、もらった笑顔が色褪せることはない。
捧げる愛が枯れ落ちることはない。
部屋の中央で、桃は祈るように膝を折る。
願うのは、ただ一人。
胸にともる、唯一の光。
2004年6月17日