手の中で、かさりとビニール袋が音を立てる。
重みのあるそれは、主にペットボトルの飲料や携帯食品、缶詰などだ。
施設から捜索がかけられている自分たちにとって、居住を定めることは大きなデメリットになる。
だからこそ食べ物は、いつでも逃げ出せるように持ち運びに便利なものが中心になってしまっていた。
「・・・・・・これでは、クンの身体に負担をかけるだけなのだがな」
苦笑と言うには苦さを帯びすぎた笑みを漏らし、西城は足を止める。
午前二時を回った通りに人気はない。けれど、確かな感覚が自分以外の存在を彼に知らせた。
切れかけた街灯がチカチカと点滅を繰り返し、やがて沈黙する。
深い闇。溶け込んでしまいそうな静謐。
細い三日月の明かりの下で、西城は己の顔に笑みを貼り付け、振り返る。
「悪いが愛しのハニーが西城の帰りを待っているのだ。あしらいが乱暴になっても許してくれたまえ」
「・・・・・・出来るならやってみれば? サクリファイスのいない戦闘機なんて、俺たちの敵じゃないよ」
「そうそう。それに待ってる奴がいるのは俺たちも同じだし? 負ける気しねーよ」
静かに歩み出てきた、黒髪の少年と、茶髪の少年。
耳と尻尾を持つ彼らに、西城は殊更にわざとらしく笑ってみせた。
ビニール袋が揺れる。
Loveless
あのときの光景を、西城は今でも鮮明に思い出すことが出来る。
崩れた体、青ざめた頬、腫れた唇、滴る血。
伸ばして絡めた指は、千切れるほどの強さで握り返された。
安心させたくて回した腕に、細い肩がびくりと震えた。
嗚咽を漏らすを、長い時間共に過ごしてきた中で初めて見た。
引き裂かれると思った。だけではなく、自分の心が。引き裂かれたと思った。それほどの衝撃を受けた。
腕の中の身体は、いつの間にこんなに細くなっていたのか。
気付けなかった自分を堪らなく憎悪した。殺してやりたかった。以外のすべてのものを。
守りたい。幸せがほしい。笑っていてほしい。強く、願う。祈る。欲す。
・・・・・・施設を出ようと、その瞬間に決めた。
「『GIFT』の戦闘機、西城敦」
『GIFT』という名前は、施設でつけられたものだ。
自分とを示す単語。意味は『神からの贈り物』。今にして思えば、何という皮肉。
「施設での成績は歴代ナンバーワン。未だその記録は破られず。スペルの発動が早くて正確、特に相手の攻撃を受け流す技術は最強らしいね。『ARTLESS』の渋沢と藤代もそれでやられたとか」
「つっても英士、それはサクリファイスあっての話だろ?」
「まぁね。それにしても、西園寺先生たちも何でこんな脱走者に拘るんだか」
「俺たちまでパシらせて、ホントいい迷惑だよなー」
茶髪の少年が、言葉通り面倒くさそうに溜息を吐く。
その様子はどこにでもいる学生のようだった。与えられた学校の宿題を前に、やりたくないと駄々をこねるような。
今が昼で、ここがもし人通りの多い繁華街なら疑うものは一人もいなかっただろう。
けれど西城にとってはわざとらしい仕草にしか見えない。
手の平の中のビニール袋が音を立てる。が待ってる、と主張を続ける。
早く帰ろう。時間をかけては心配する。寝ている彼が起きないうちに。気付かないうちに、早く、そっと。
「大体あんたさぁ、何で施設を抜け出したんだよ? 何でも好き放題やらしてくれるし、メシだって美味いし、いいとこじゃん。まぁ仕事は面倒だけど、それは俺たちの義務なんだから仕方ないだろ?」
「その無くなった耳と関係があるわけ? あぁ・・・そういえばサクリファイスのも、施設を脱走する直前に耳が無くなったって聞いたけど、それは本当?」
「げ、英士、それマジ? うっわー・・・・・・施設にいる女なんてどれもどっか壊れてんじゃん。ってそんなのとヤッたのかよ」
「馬鹿だね、結人。考えられることなんて一つでしょ」
英士と呼ばれた黒髪の少年が、含むように目を細める。
結人と呼ばれた茶髪の少年は、目を瞬いた後で唇を吊り上げる。
二人の視線が自分を―――今は何もついていない自分の頭を見ていることはあからさまで、下卑た想像に西城は眉を顰めた。
自分は何を言われても構わない。だが、に関しては違う。
判ってくれとも思わないし、判ってほしいとも思わない。自分たち二人さえ、判っていればそれでいい。
それでいいと、きっとは言うだろうけれど。
「・・・・・・ダメだな、我ながら西城は心が狭い」
「は?」
「ムカついたからボロボロにぶちのめして施設にクール宅急便で送り返してやるぞこのクソガキ、と言ったのだよ」
爽やかな笑顔で放たれた言葉に、少年たちの理解が一瞬遅れる。
その隙を逃さず、西城は自身の力を解放した。
「システム展開、『戦闘を宣言する』」
三日月の下、最強の戦闘機が羽ばたく。
「今宵の西城は機嫌が悪い。手加減は出来ないからそのつもりで向かってきたまえ」
じゃらり、と鎖のなる音が聞こえた。
浅い眠りは、慣れ親しんだ気配に容易く覚醒を已む無くされる。
横になったベッドから見上げる、鉄骨がむき出しの天井。
息を潜めて建物内を探れば誰の存在も感じられず、そのことが今覚えている感覚を正しいと告げた。
「・・・・・・西城・・・」
寝起きの声は掠れていた。重い身体を起こし、どうにか立ち上がる。
夜の闇が肌寒くてコートを探したけれど、見つからない。仕方がなくてタオルケットを羽織った。
彼が戦っている。相手はきっと、施設の者。早く行かなくては。自分たちは二人で一人なのだから。
心は急いているのに、身体がついてきてくれない。部屋を出るのにさえ時間のかかる自分に、苛立ちが募る。
ようやく玄関まで辿り着き、深く息を吐き出した。スニーカーを引っ掛けて、ドアノブに手をかける。
その瞬間、扉は外側から開かれた。
息を呑む姿を見上げて、少年が笑う。
「――――――あんたが、?」
その顔は、嫌でも忘れられない人物を思い出させた。
西城、という小さな呟きは、彼の元まで届かなかった。
2005年6月28日