冷静な目で他者を見下ろして、役に立つ人間だけを選び出す。
それが出来る彼らは神に選ばれた子供だから。
全てか無か、答えは一つ。





GIFT





・・・出会った瞬間、俺が今まで送ってきた人生を、根底から覆された気がした。
容姿、雰囲気、行動、そして類稀なサッカープレー、彼らに関する全ての事が、俺の常識をことごとく超えていて。
遠い人だと思った。
彼らは天才なんだと、そして俺は凡人なのだと、否応無しに気づかされた。

(東京選抜キャプテン、K. S君のコメントより抜粋)





「キャープーテン!」
トレセン合宿二日目の朝、朝食を食べ、準備を終えた俺はグラウンドへと向かって歩いていた。
ざわめく廊下で後ろから声を掛けられて振り向くと、こちらに向かって走ってくる後輩の姿。
それはみるみる近づいて来て、
「おはよーございますっ! キャプテン!」
「あぁおはよう、藤代。昨日は良く眠れたか?」
「ハイッ! そりゃもうバッチリっす!」
藤代はそう言うと、前の方に鳴海を見つけてそちらへと向かって走っていく。
まったく。藤代は朝から元気だな。これが寮だと、低血圧の三上に「ウザイ」って言って殴られるんだが。
そこまで考えてふと気づいた。
今日、藤代は一体誰に起してもらったのだろう、と。
藤代の寝起きの悪さは寮でも有名で(三上の寝起きの悪さも違う意味で有名だが)、同室の笠井が毎朝怒鳴ったり殴ったりしながら起していた筈。
では今日は一体誰に?
藤代と同室の202号室のメンバーを思い浮かべていると、後ろから声がかかった。
「渋沢・・・・・・」
くるりと振り向くとそこにはチームメイトの真田が立っていて、俺はついアレ? と思った。
何故なら真田は一人でその場にいたから。
俺の中では真田と郭と若菜はセットのような気がしていたので、一人でいるとつい違和感を感じてしまう。
「真田? どうかしたか?」
尋ねると、真田は言いにくそうに何度か迷った挙句、小さく息を吸い込んで口を開いた。
「なっ・・・・・・・んなんだよアイツ! 何であんなに寝起きが悪いんだよ!? 今日の朝なんて藤代一人起すのに20分もかかったんだぞ!? 昨日は昨日で『枕投げしようぜ!』とか言い出すし! それでやっと寝たと思ったらゴロゴロ転がってスゴイ音立ててベッドから落ちるし! それでも本人は全然気づかずに寝てやがるし! 鳴海も鳴海で自分から布団蹴飛ばしたくせに朝方になってでかいクシャミして『寒い〜!』なんて寝言言うし! 風祭は大人しく寝てるけど何があっても絶対起きねぇし! 俺昨日眠れなかったんだからな!」
・・・・・・息継ぎもせずに真田が一気に捲くし立てた。
ハァハァと肩で息をし、少しの沈黙の後、もう一度口を開く。
「・・・・・・・・・悪い・・・。渋沢には関係ないのに・・・」
小さな謝罪に口元が緩む。
「いや、全然構わない。明日もあまりに藤代が起きなかったら呼んでくれ。俺が起こそう」
そう言うと真田はホッと肩を落として「・・・サンキュ」と呟いた。
そして後ろから郭と若菜に呼ばれているのに気づいて笑顔を浮かべると、小さく頭を下げて二人の元へ走っていく。
真田はキツイように見えて実際はかなり人に気を使う性格なんだなと思いながら、俺は再びグラウンドへと足を向けた。



一年振りのトレセンの練習は、やはり基礎的なものから始まった。
二人組みでのパス練習。
その単調さに飽きて文句を言っていた他選抜の選手が、サングラスをかけたコーチに注意を受けていた。
確かにパス練は簡単なものだが、パスはサッカーの基本中の基本だし、何度も繰り返し練習して確実に自分のものにしておく必要がある。
そう思いながらパスを出していると、グラウンドの隅で俺たちと同じようにパス練をしている二人組みが目に入った。
それは選手ではなく、色々な意味で噂になっている、トレセンのコーチングスタッフの二人。
と、西城敦。
揃いの黒いジャージには白と赤のラインが入っていて、見慣れないブランド名とデザインからして外国のメーカーのものだろう。
二人は何気ない様子でボールをやり取りしていた。
ボールをトラップして、相手の足元に蹴り返す。
その一連の動作はまるで無駄がなく、正確で、それでいてスピードも速かった。
黒と白のボールがクルクルと回転して、相手の取りやすい位置に寸分の狂いもなくきちんと収まる。
地味だけれど高度なプレー。
しばらくすると西園寺監督によって次の指示が与えられた。
五人組でのパス練習。インサイドキックのみで15分。
あの二人もやっているのかと思って探すと、次の練習で使うのか、コーンをいくつも重ね持って歩いている姿が目に入った。
もう少し、二人のプレーを見てみたかったが・・・。
残念、と思って視線を戻す途中、二つ隣のグループでパス練をしている椎名と目が合って、次の瞬間笑顔を浮かべられた。
しかもそれは、ニッコリではなくて、ニヤリと。
その真意が分からなくて首を傾げたが、椎名は何のフォローもなくボールへと視線を戻してしまった。
そして今だ、練習は続く。



次はコーチたちの直接指導による練習だった。
オフェンス一人に、ディフェンスが二人とキーパーが一人。
二人マークのつく厳しい状況をフェイントではなくワンタッチで切り開いてシュートする。
言うのは簡単だが、これはかなり難しい練習だ。
しかし、最近のサッカーでは中盤において厳しいプレスをかけてボールを奪いに行くことが多い。
その中でもしっかりボールをコントロールしてシュートへと持っていくことは、確かに必要だろう。
コーチに指示されてポジションごとに並ぶ。俺はもちろんゴールキーパーの列へ。
「お・・・お願いします」
最初にチャレンジしたのは鳴海だった。
しかしすぐに松下コーチにスライディングされてボールを奪われてしまう。
「ワンタッチと言っただろう! 次!!」
コーチの掛け声に一人、また一人とチャレンジしていく。
けれど皆コーチのところで止められてしまって、俺達ディフェンダー陣には少し退屈な時間が続く。
そんな中、聞き覚えのある声が聞こえた。
「お手柔らかに頼んまっさ」
そこには、一度見たら忘れられない金髪の選手がいて。
「佐藤・・・・・・!」
「違う。正確には藤村成樹だ」
「不破!?」
突然言われて振り向くと、そこには同じ東京選抜で、佐藤と同じ中学の不破が立っていた。
不破は佐藤を見ながら続ける。
「詳しい事情は知らないが、関西選抜の一員らしい。他にも飛葉中学の井上直樹も関西選抜に所属していると聞く」
「そうか・・・」
佐藤ではなく、藤村。
そこには色々な事情があるのだろうから、他人の俺が興味本位で聞いていいことではない。
そう思って俺は佐藤を見た。
スタートの掛け声と共に走り出して、ボールを受けるとワンタッチで綺麗にコーチの横を抜いて、大柄なディフェンダーに遮られたかと思った瞬間、また抜きシュートがゴールへと突き刺さった。
「・・・凄いな・・・・・・」
思わず呟いてしまった。
これが、佐藤の実力なのか。だとしたらうちの藤代と同じ・・・いや、それ以上かもしれない。
他の選手たちの視線を集めて佐藤がフィールドを出て、ふと足を止めた。
そこには小柄な姿が見えて。
風祭だ。
二人は何か言葉を交わしているみたいで。
風祭は優しい奴だから、佐藤が関西選抜にいることで少なからず影響を受けているかもしれない。
俺はそう思ったが、佐藤が再び歩き出すと、風祭は人波を掻き分けて前に出てきて勢いよく手を上げた。
「お願いします!」
そう言った姿はいつもの風祭で、余計な心配だったかと、俺はホッと肩を撫で下ろした。

「Oh, good timing! 丁度これから風祭少年と須釜少年の対決が始まるみたいだぞ!」
「そうだね、丁度良かった」
急に後ろから聞こえてきた声に、俺は驚いて振り返った。
そこには先程も見た、さんと西城さんの姿があって。
突然のことに焦ってしまいそうになったが、フィールドでスタートの声がかかったので、あわてて視線をそちらに戻した。
そして、風祭の挑戦が始まる。

結果として風祭のシュートは須釜に阻まれてしまったが、風祭は確実に着々と力をつけてきている。
俺もうかうかしていられないな。
そんなことを考えているとやはり後ろから声が聞こえてきた。
「うーむ。やはり風祭少年は須釜少年に止められてしまったか」
西城さんの声に、さんが穏やかに返事を返す。
「長い手足と柔軟な体は須釜君の最大の武器だからね。風祭君のとった作戦も、なかなか良かったとは思うけれど」
「もう一歩切り返しを速くしてれば捕まらなかっただろうが、まぁ仕方がない」
「まだまだ発展途上だからね、彼らは。先が楽しみだよ」
その後もさんと西城さんはチャレンジする選手を見ては批評をしていた。
それはすべて的確なものばかりで、高校一年生だというのが信じられないくらいだった。



「何て言ってた?」
宿舎に帰った途端、椎名にそう聞かれて俺は首を傾げた。
何について聞かれているのか分からなかったのが、椎名にも分かったのだろう。
大げさに溜息をついてから再び口を開く。
と西城敦だよ。今日の練習の間中、ずっとあいつらのこと気にしてただろ。コーチの指導のときはあいつらの側にいたみたいだし。何て言ってた? 誤魔化しは利かないよ。時間を無駄にしたくない。さっさと言ったら?」
・・・・・・・・・相変わらずのマシンガントークだな。
けれど俺は包み隠さず、二人の批評を覚えている限りすべて話した。
椎名は何かを考えるように眉間にしわを寄せていたが、俺が話し終えるとフゥッと息を吐き出した。
「・・・さすが、トレセンスタッフに選ばれただけのことはあるみたいだね」
確かに、俺もそう思うけれど。
「・・・・・・・・・なぁ、椎名」
口をついて出た声が掠れているのが自分でも判った。
「何?」
「・・・・・・いや、何でもない」
口にしたら最後、押しつぶされてしまいそうだから。
俺はまだサッカーをしていたい。
だから、言えない。
言っても尚、諦めずに努力を続けられるだけの自信がないわけじゃないけれど。
それでも言えない。
・・・まだ、言えない。
「・・・ま、言いたいことは何となく判るけどね」
驚いて顔を上げれば、椎名が少しだけ笑っていた。
いつもの自信に満ち溢れた笑みではなく、自嘲気味な乾いた笑い。
「あの二人を見て、自信をなくさない奴がいたら会ってみたいよ」
そう言って椎名は廊下を去っていった。

と西城敦。
ポジションはどこなんだろうか。
もし同じポジションだったらどうしようか。どうすればいいのか。
きっと、俺は彼らに敵わない。
そのときにすぐ諦められるような気持ちで今までサッカーをしてきたわけじゃない。
それなら俺は・・・どうしたらいいんだ?

自分の存在が脅かされる恐怖。
それでも鼓動がうるさいのはどうしてなんだろうか。
きっと俺は・・・・・・きっと俺は、あの二人に自分の夢を重ねているんだ。
遥かな理想。
瞼の裏で思い描く最高のプレー。
それをあの二人は見せてくれる。
そんな気がするから。

「・・・・・・努力するしかないな」
自分に出来るのはそれだけだから。
二人の足を引っ張らないくらいには上手くなりたい。
ならなきゃいけない。
あの二人と同じフィールドに立つためには、それが最低条件。
俺は小さく苦笑した。



遠い夢が現実となって現れた。
手を伸ばせば届く距離に。
それでもまだ手は伸ばせない。
自分に自信を持てるその日まで。
どうか貴方はそのままでいて下さい。





2002年8月7日