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躓くことを恐れずに、どこまでも走り続けていって欲しい。
誰にも負けずに、何にも媚びずに、自分たちの力で最高を手にして。
そして笑う高邁な2人。
それを願う傲慢な世界。





GIFT





話には聞いていたけれど、実際に会ったのはこれが初めてで。
それでも、彼らの実力が評判通り、いえそれ以上だと知ったときには胸が震えたわ。
指導者としても、同じスポーツをする選手としても。
心の底から恐ろしいと思ったし、羨ましいとも思ったのよ。

(東京選抜監督、A. Sさんのコメントより抜粋)





「・・・やっぱり西城としては東京選抜の真田一馬少年だと思うのだが」
「そう? だけど俺としては関西選抜の藤村成樹君かな」
「う~む待てよ、やはり水野竜也少年も捨てがたい」
ガイダンスも終わりホールを出ようとしたところで自分の監督するチームの選手名が聞こえ、ついその声がする方に振り返った。
そこには今回のトレセンで一部、選手以上に注目を集めている西城敦と神代雅紀の姿があって、2人は何やら楽しそうに話をしている。
そんな姿が微笑ましくて、彼らの前評判も手伝ってつい声をかけてしまった。
「うちの子たちがどうかしたのかしら?」
「・・・おぉっとこれは西園寺監督!」
西城君が声とともに両手を広げ、神代君はその隣で優雅に会釈をする。
その仕草が2人の性格やら何やらを表していて、思わず笑みが零れた。
「それで? うちの子たちが何か?」
「いえ、そんな大した事ではないのでお気になさらないで頂ければ西城も光栄です」
「あら、私には聞かせられない話なのかしら?」
「いえいえそんな事もあると言えばあり、ないと言えばないのですが」
快活に言う西城君につい声を上げて笑ってしまった。
見れば隣の神代君も仕方がないなぁとでも言うように小さく笑って、
「・・・選手や他の監督たちには内緒にして下さいね?」
唇に人差し指を立てて言う仕草がとても魅力的で、不覚にも少しドキッとしてしまった。
「今回のトレセンの中で誰が一番カッコイイ少年かを話していたんです」
声を潜めて言われた内容はあまりにも意外で、悪戯な目をしている2人をついつい凝視してしまう。
しかし2人はそれを気にすることもなく、
「西城としてはやはり、東京選抜の真田少年か水野少年だと思うのですよ」
「俺は関西選抜の藤村君だと思うので、西城と意見が対立してしまって」
苦笑しながら言う神代君に、つい溜息が漏れてしまった。
この子たちったら・・・。
「ひょっとして、ガイダンスの間もずっとその話をしていたのかしら?」
「「はい」」
悪びれずに2人とも首を縦に振った。
・・・・・・何か話をしているな、とは思っていたけれど。
まさかこんな事だったなんて・・・。
「西園寺監督は誰かお薦めの少年がおられますか?」
「・・・・・・椎名翼なんてどうかしら?」
西城君に話を振られて、脱力しながらも取り敢えずはとこの名前を挙げてみる。
あの子割と美少年だし、いいんじゃないかしら。
何よりこの私と血が繋がっているのだし。
そうすると2人は納得したのか『あぁ』と頷いた。
「東京選抜の椎名翼君ですか、背番号4番でディフェンダーの。確か西園寺監督が顧問をなさっているサッカー部でキャプテンを務めていましたよね?」
え・・・・・・?
「おぉ飛葉中といえば黒川柾輝少年もいるはずではないか! 西城としては彼のようなタイプも結構好ましいと思うね。日に焼けた肌が健康的で良いし、何より彼の職人気質のプレーは実に西城の好みだ」
サラサラと流れる会話。
この子たちどうしてこんな情報を・・・・・・?
少し焦ったのが表情に出たのか、神代君が私を見て穏やかな微笑を浮かべて種明かしをする。
「榊さんから、全10チームのデータを教えて頂いたんです。やっぱり選手を見る上で多少の情報があった方がいいですから」
「東京選抜は榊さんのイチオシらしいので、韓国戦のビデオまで見せてもらっちゃったのですよ、コレが」
「あ、そうなの・・・・・・」
理由を知れば簡単なこと。
そうよね、この2人はトレセン側のスタッフなんだし、いろんな情報を知っていても不思議じゃないわ。
あまりにもさらりと言われたから、ちょっと驚いたけど。
「椎名少年か、確かに彼は美少年。しかしその顔はちょっと可愛すぎやしませんか?」
「可愛いと駄目なの?」
西城君の言葉に首を傾げる。
すると西城君は両手の平を天井に返して大きく首を振って、
「可愛いは可愛いのですが、いま西城と雅紀クンが求めているのはあくまでも『カッコイイ』少年なのです」
「あぁ・・・なるほど。『可愛い』や『綺麗』ではなくて、『カッコイイ』少年なのね」
「Yes. That’s right !」
滑らかな英語の発音に、彼らの日常を垣間見た気がした。
「そうね、だとすると随分限られてしまうわね」
「はい、椎名君や風祭君、関西選抜の吉田光徳君たちだと少し可愛すぎてしまって。藤代君や若菜君はサッカーしているときはカッコイイんですけれど、普段の表情はどこか可愛く感じられてしまいますから」
「同じような理由で九州選抜の高山昭栄少年も却下だろう」
うーん、そうねぇそうすると後は・・・・・・。
私が知っている選手を頭の裏に思い描いてみる間にも、2人は話を続けている。
「やはり正統派にカッコイイ少年は真田少年、水野少年、藤村少年となってくるのだな」
「郭英士君は『綺麗』だし・・・、東北選抜の日生光宏君は? あと、東海選抜の山口圭介君や九州選抜の功刀一君とか」
「おぉ確かに彼らも『カッコイイ』と言えるだろう。うーむ、選択肢が増えてしまったぞ。どうするべきか・・・・・・」
彼らの会話に榊さんから受け取ったデータにあった名前がどんどん出てくる。
「・・・ねぇ、西城君に神代君、ちょっと聞いてもいいかしら?」
「えぇどうぞ」
彼らの会話を聞いているうちに浮かんできた一つの疑問。
「あなたたちひょっとして、・・・ここに来ている全選手のデータを覚えているの・・・?」
馬鹿馬鹿しい考えだけれど、一度疑問に感じたら止められなくなってしまって。
今回この合宿に参加している選手は全部で160人以上。
まさかそれを全員分覚えてるなんてこと・・・。



「「そうですけど?」」



「おや、珍しい組み合わせだな。何を話しているんだ?」
「「榊さん」」
突然後ろから声をかけられて、2人は振り返ってその声の主を見た。
そこに立っているのは今回のトレセンの責任者。
榊さんは私たち三人を見て少し笑うと、西城君と神代君に向き直った。
「今日はこれで終わりだから、後は自由に過ごしていいぞ」
「と言うか榊さん? この西城、練習時間以外にも子羊たちのお相手をするだなんて聞いていなかったのですが?」
西城君が不満そうに榊さんに文句を言うけれど、榊さんは笑って流す。
「あぁ、そうだったかな? まぁいい機会じゃないか、可愛い羊たちを相手に好きなだけ遊んでやったらどうだ?」
「こちとら自分たちのトレーニングもあるのですがね・・・。ほら雅紀クン! 君からもこの人使いの荒いお人に何か言っておやりなさい」
「いや、俺は別に。多分こうなるんじゃないかなとは思っていたから」
西城君が噛み付いて、神代君はさらりと流す。
榊さんは笑いながら、
「自分たちのトレーニングはしてくれても構わない。けれど、ここに来ている子達は君らと年がほとんど変わらないし、未来の日本代表のチームメイトを見ておくのも悪くないんじゃないか?」
「未来の日本代表ねぇ・・・」
そう呟いた西城君の目が一瞬にして変わる。
獲物を狙う肉食獣の瞳。
隣にいる神代君がさっきと変わらない笑顔で微笑んでいるからこそ、その変化が著しかった。
争いを求め、その中で勝ち抜いてきた自信と、己の能力を信じきっている者だけが持つことの出来る眼。
そしてチャレンジャーの挑戦を表情を変えることなく受け止めることのできる余裕。
・・・ここにいる2人は勝者なのだと。
誰よりも強く、何物にも怯まない、紛れも無い覇者なのだと。
今この場になって、この2人の表情を見て・・・初めて気づいた。
「それじゃあ、そろそろ行こうか? 西城」
柔らかく穏やかな声で神代君がそう言った。
「そうだな、雅紀クンよ。これからフィールドに出て今日の分のトレーニングをしなくては」
「それでは榊さん、西園寺監督、失礼します」
「あぁ、明日からよろしく頼むよ」
「出来るう限りの事は一応する気でいますがね、容量オーバーした分は働きませんから、その所はこちらこそどうぞよろしくですよ」
西城君がそう言うと、2人は会釈をして廊下を進んでいった。
その後姿はどこにでもいそうな少年のものだったけれど、何故かそれをひどく遠く感じた。



2人の姿が見えなくなってようやく、私は大きく息をついた。
緊張していたのか、強く握りこんでいた手のひらをそっと解く。
「どうだった? 初めてあの2人に接触した感想は?」
正面に立つ榊さんに尋ねられ、私は一度小さく深呼吸をしてから口を開いた。
「・・・・・・最初はどこにでもいる普通の子達だと思ったんですけれど・・・」
ぎゅっと手のひらを握りこんで。
「・・・・・・怖かったです・・・すごく・・・」
震えた声を情けないと思った。
まるで初めて聞いた怪談を信じ込んでいる幼い少女のよう。
けれど榊さんは笑わずに一度だけ深く頷いて。
「俺も、怖いと思うことがある」
思いがけない言葉に顔を上げた。
そこには真剣な顔であの2人の消えていった廊下を見ている榊さんがいて。
「・・・・・・西城と神代は帝王となる人物だから。それゆえの眩しさや優しさ、傲慢さが俺は時々とても怖くなる。」
一度見たときから分かっていた。
彼らが自分たちとは違う、それこそ神様にでも選ばれた人間だってことを。
才能があって、それを活かす術を知っていて、万物の頂点に立つことの出来る人物は世界中探してもほんの一握りしかいない。
けれど、私は出会ってしまった。
体の奥底から光を生み出し、輝けることの出来る人。
羨ましくて妬ましくて、直視することなんて出来なかった。
けれどそれでも、出会えてよかったと思う。
その偉業を見ることが出来て本当に嬉しい。
「天才という言葉は好きではないが・・・あいつらはそれ以外の言葉では表せられないからな・・・・・・」
もって生まれた天賦の才。
それはサッカー以外にも余すところなく与えられていて。
すべてを吸収して生きていく人。
周囲の事物は彼らのためだけに生まれてきたのだと思えてしまう。
けれど、そうなる事を自分で選べたのならば。
「私・・・サッカーを続けていて本当によかったです」
榊さんが振り向いたから、今出来る全力の笑顔で笑ってみせた。
彼らの笑顔には敵わないかもしれないけれど。
「西城君と神代君のステップアップになることが出来て、本当に嬉しいです」



レールが引かれた道でなく、舗装された道でもない。
彼らが走り続けるのは限りなく広いフロンティア。
道もなく地図もない先駆者さえもいない彼らだけの世界。
けれど何処に行きたいのかさえ教えてくれれば、少しでも力になれるよう努力するから。
道は違うけれど、私の歩んできた経験さえも踏み台にして。
そして飛ぶ様をこの瞳に見せて欲しい。
誰にも邪魔されず、その両翼で羽ばたいて。
それだけが私の夢になるから。





2002年5月25日