神様が愛を込めて創ったであろう2枚のカード。
お喋りなキングと底の知れないジョーカーは二人揃うことで無敵と化して。
笑いながら世界で遊ぶ。
GIFT
最初はただ美形だと思っただけだった。
けれどその認識はすぐに覆されて。
限りない魅力と天分の才に溢れた二人に、嫉妬と尊敬、言い表せないほどの感謝を感じた。
今この世界で、同じ時代に存在できて本当によかった。
(東京選抜MF、E. K君のコメントより抜粋)
「ったくダリーよなぁ、ガイダンスなんてさ」
「まぁな、でも仕方ないだろ。こういう合宿ではつきものなんだから」
7時のガイダンスを10分後に控え、俺たちはざわめく廊下を大ホールへと向かって歩いていた。
面倒くさげに愚痴る結人に一馬は律儀に返事を返す。
のろのろと進む人波が大ホールについて、選抜ごとに指定された席へと座る。
「あ、山口!」
一馬が続いて入ってくる集団の中から知っている顔を見つけて声を上げる。
「どれどれ? あ、その後ろの集団って関東選抜じゃん! うっわ、須釜のヤローまたでかくなったんじゃねぇ?」
「・・・二人とももう少し静かにしなよ」
俺は騒ぎ出す二人に釘を刺す。
懐かしい顔にあってはしゃぐのも分かるけど、自分たちも他の奴らの視線を集めてるってことに気づいてないわけじゃないでしょ。
俺たちも一応U−14のメンバーだったんだから。
「ちぇっ別にいいじゃんかよー」
「いいわけないでしょ。もうすぐガイダンスも始まるんだから。目立つんならサッカーのプレイだけにしときなよ」
ここで変に騒いで監督やコーチの心象を悪くするわけにはいかない。
俺がそう言うと結人は唇を尖らせて文句を言おうとしたけれど、一馬の一言によって興味を他に移した。
「あ。あの二人・・・・・・」
俺と結人が入り口を振り返ると、そこにはさっき食堂で見た二人組の姿。
すらりとした肢体に他者とは全く違う雰囲気をまとって。
ホール中の奴らがざわざわと話しながら二人の様子を伺っている。
けれど当の二人はそんな視線をものともせずに、舞台の横に並んでいる席へとついた。
あの席は・・・・・・。
「ほらね。やっぱりスタッフだったでしょ」
「えー! うっそマジで!?」
トレセンのコーチングスタッフが座るであろう席に着いた二人に、結人が信じられないと声を上げる。
「だってどう見たって俺たちと同い年くらいじゃん! それでスタッフな訳!?」
「・・・マネージャーとか、そういうんじゃないのか?」
一馬が結人に声量を抑えるように言いながらコメントする。
けれど結人はイヤイヤと茶髪の髪を左右に振って、
「それはぜってー嫌! おれはマネージャーは可愛い女の子じゃなきゃやる気出ないし!」
「結人・・・そんなこと胸張って言うなよ・・・」
「別に二人とも美形だし、それでいいんじゃないの?」
「いーや! 嫌に決まってる! マネージャーは絶対女の子でなきゃな!!」
そんなことを話してると人数は全員揃ったみたいで、ナショナルチームの監督と思われる男が舞台へと上がった。
榊という選抜者の声がホールへと響く。
「今回、強化育成方針はあえて提言しない。敢えて言うなら常に100%の力、いや120%出すつもりで全ての事にあたって欲しい。なぜなら素質は全力を出すことによってしか伸びないからだ」
その言葉に俺たち選手だけでなく、各地域の監督たちも騒ぎ出す。
俺たち東京選抜の西園寺監督は、流石と言うか何と言うか、取り乱したりはせずに舞台上の男をじっと見つめていたけれど。
榊監督はそんな人々をあしらいながら話を続ける。
「それと、不真面目な態度だったり問題を起こした者には注意を与え、注意を3つ貰った者は即刻合宿を出て行ってもらう」
「うわ・・・・・・」
一馬が小さく呟くと、結人も驚いた顔で、
「何か今回はいつもと違って大変そーじゃん?」
「まぁね・・・」
俺は結人の発言に頷きながら先ほどの光景を思い出していた。
食堂で騒いでいた東海と関東選抜のヤツに西城と名乗った男は確かこう言っていた。
『この世の慣わしに乗っ取って西城は君たちを裁かなくてはならない』
そしてその後に現れたもう一人も、
『まだガイダンス前だから彼らもここのルールは知らないだろうし、無理して裁く必要はない』
「なるほどね・・・」
頭の中でやっと話が繋がった。
やっぱりあの二人はスタッフで、いま言われた注意をあの時すでに知っていたのだ。
そして自分たち以外のスタッフに見つかる前に事を処理し、騒いでいた二人を見逃した。
大げさな物言いや穏やかな微笑に隠して、みんなと同じスタートを切れるようにチャンスを与えたんだ。
・・・・・・面白い。
周りの大人の言いなりになるだけのスタッフじゃないってことだね。
俺は口元にうっすらと笑みを浮かべた。
室内のざわめきが少し収まると、榊監督は再びマイクを握って、
「それでは今回のトレセンのコーチングスタッフを紹介しよう」
ホール中の視線が舞台横の座席へと向かう。
「まず、松下左右十さん」
そう紹介されて頭を下げたのは、俺たちと同じバスに乗ってきた人で。
確か・・・風祭や水野の学校の部活で顧問をやってるって言ってたっけ。
その後に簡単な経歴を紹介されて、どんどんと次に人へと進んでいく。
一人一人紹介される度にホールは小さくざわめいて、そのざわめきは残り2人というところでピークを向かえた。
「そして最後に・・・・・・」
榊監督の言葉にホールがしんと静まり返る。
誰もがその言葉を聞き逃さないように集中していて。
榊監督はそれを悟ったのか、楽しそうに笑ってもったいぶるようにゆっくりと口を開いた。
「彼らにはグループ練習で人数が足りないときや、その他でも君たちの練習の相手をしてもらう。西城敦君と、」
カタリと音を立てて立ち上がった。
「君だ」
長身の方が先に頭を下げ、続いて俺と変わらない身長の方が一拍おいて頭を下げる。
綺麗な黒髪の擦れる音が、まるでここまで聞こえてくるようだった。
「彼らは高校一年生でクラブユースに所属している。練習時間以外でも相手をして貰いたいときは直接彼らに言うように」
榊監督がそう言うと、背の高い・・・西城(さん)の方は驚いた顔で壇上の監督を振り向いた。
しかしニッコリと満面の笑みを返されて、疲れたように肩を竦める。
その隣の(さん)の方はあらかじめその台詞を予想していたのか、大して動揺はしていないみたいだった。
紹介が終わって二人が席につくと、榊監督も舞台から降りた。
そしてまた別の人が舞台へと上がり、この合宿中のスケジュールなどを話し始める。
その話が始まってはや10分。
出来ればもうそろそろ終わりにして欲しいものだね。
でないと隣の席の結人や前の席の藤代と鳴海だけじゃなく、一馬や風祭まで居眠りを始めてしまいそうだから。
説明者の話がスケジュールから施設の注意点になったとき、俺はさっき紹介された二人を観察することにした。
施設なら以前来たときと変わってないみたいだから大丈夫でしょ。
舞台の横、俺たちと向かい合うように座っている二人は、壇上から見えないのをいいことに何か会話をしているみたいだった。
会場を見回しては、口が小さく動いている。
さすがに何を話しているのかは分からないけれど西城(さん)は微妙に真剣な表情で、(さん)は最初に見たときと変わらず穏やかな笑顔で話している。
こうして見ると2人はすごく美形だという事に俺は今更ながらに気がついた。
確かにさっき結人にも『2人とも美形だし』だなんて言ったけど、こうしてじっくり見ると改めて再認識させられる。
西城(さん)はいかにも青年らしくて、少年らしさと大人になりかけの様な微妙なバランスが見ていてとても印象的だった。
日に焼けた肌に襟足を結んだ明るい茶色の髪。
180cmくらいの身長はすらりとしていて、けれどそれなりにたくましさも感じられてフィジカルは結構強いんだろうと容易に想像が出来た。
食堂では大げさな手振りや独特の話し方に気を取られてしまったけれど、きっと頭も良いのだろう。
次から次へと続く芝居がかった言葉の数々は頭の回転が速い証拠だろうしね。
逆に(さん)の方は、西城(さん)の隣に居るからか随分と小柄な印象を受けた。
身長は俺と大して変わらないだろうけれど、白い肌が更に小柄さに拍車をかける。
穏やかな微笑は本人の持つ雰囲気と相まって彼を落ち着いた人に見せていて。
黙っていれば人形のように見えるだろう整った顔をつい凝視してしまった。
黒髪にスポーツをやっているとは思えないほど白い肌は、儚ささえ感じられて。
ポジションはどこなんだろう。
GK、DF、MF、FW。
同じポジションを争ったなら、俺はこの2人に勝つことが出来るだろうか?
そう思った瞬間、胸に言いようのない暗闇が広がった。
まだ2人のプレーどころかポジションだって分かってないのに、この胸に広がる漠然とした不安感。
勝てないかもしれない、勝てないと思う。
けれど、勝てないままでいいとは決して思ったりはしないから。
自分は誰にも、決して負けない。
それだけの努力をする覚悟はあるし、その辛さを共に乗り越えていく親友もいるから。
ガイダンスも終わり、俺たちは人ごみで混雑する廊下を並んで歩く。
「結局あの2人ってユース出身って言ってたけど、どこのクラブなんだろうなー?」
「俺たちが中一のときに向こうが中三だろ? ・・・俺、あの人たちに会った記憶とか全然ないんだけど・・・・・・」
「地方のクラブでもうまいヤツなら噂になるしな。それでも知らねーってことは無名だったんじゃん?」
結人と一馬が2人について話しながら首を傾げている。
「英士―。おまえ何か知ってる?」
一馬が振り返った。
「いや、全然知らない。結人の言うようにうまい選手なら絶対に覚えてると思うし、中学のときは部活サッカーだったんじゃないの」
「そうだよなー。つーか、あんな美形なら一度見たら忘れないし」
「結人・・・・・・」
結人の言い分に一馬が小さくため息をついたけれど、俺は内心でその言葉に深く頷いてしまった。
あんな人たち、一度見たら忘れない。
あんな、綺麗な人たち。
1人ずつでも十分に人目を惹きつけるのに、2人そろえばまるで無敵。
体に纏う雰囲気が違う。
普通の平凡な人間には決して持つことの出来ないそれは、眩しい輝きとなって人々にプレッシャーを与える。
そしてそれは俺にも等しく降り注いで。
2人のプレーなんてまだ見たこともないけれど、俺はきっと前を行く2人に憧れて、羨んで、嫉妬して、それでもきっと一緒にいたいと思ってしまうのだろう。
出来るなら対等の存在となって、同じフィールドでプレーしたいと願ってしまうのだろう。
あの2人はきっと天才で、俺は2人と比べたら限りなく凡人で、けれどほんの少しでも素質はあると思うから。
それを信じて今までやってきたから。
だからそれを信じさせて、信じてあなたたちを追いかけさせて。
いつかあの2人の力となって、最高のパスを出せたらいい。
それはきっと、この上ない幸せ。
喜びと畏怖、そしてサッカーをやる理由が一つ増えた。
柄にもなく嬉しくて走り回りたい気分になった、三月のある日。
ここから俺は走り出す。
2002年5月25日