どんなに嫌なことがあっても、どんなに悲しいことがあっても、どんなに悔しいことがあっても、必ず、朝は来てしまうんだ。
俺のすべてはあの日から止まったまま。
WILL
「おはよ、!」
肩を叩かれて振り向くと、そこには笑顔を浮かべた成瀬がいた。
「・・・はよ」
短く挨拶して隣に並んで歩き出す。
「あのさ、。昨日はありがとな」
歯切れ悪い礼に俺はどうでもいいように首を振る。
「気分悪かっただろ? 昨日の試合。・・・無理に出てもらったのに本当にゴメン」
「別に成瀬が悪いわけじゃないし。今更そんなこと言われてもどうしようもないから気にすんなよ」
「あぁでも、悪かった」
「だからいいって」
思い出したくもない奴らを思い出してしまって、朝から気分が嫌になる。それを感じたのか成瀬が話題を変えてきた。
「昨日の礼に何か奢るよ! 何がいい?」
少し無理して作られた明るい声に、自分の子供じみた感情が悪い気してしまって。
「・・・じゃあコンビニでアイス。それもハーゲンダッツ」
「コイツ! 奢りだと思って高いの選びやがって!」
「だって成瀬がいいって言ったんじゃん」
そんな会話をしながら廊下を歩く。高い位置へと昇っていく太陽の光が眩しい。また、一日が始まる。
昨日行われた試合。思い出したくもないことなのに、何故か脳裏にはそれだけが浮かぶ。大人しく担任の流暢な英語発音でも聞いていればいいのに。奴らのドリブルが、パスが、シュートが、フェイントが。俺のまぶたに焼き付いて離れない。見たくもない。思い返したくもない。考えるだけで言い表せないほど嫌な気持ちになるのに、脳は勝手にシーンを綴る。昨日のプレーすべてを、俺の中に甦らせる。・・・心が傷む。握る手に力がこもって、教科書にシワが出来た。
放課後は成瀬と約束したとおり一緒に帰ることにした。他愛無い話をしながら、それでもサッカーには決して触れずに。何気ない日常。俺は、これでいい。これでいいと望んでいるのに。
校門に立っている背の高い男を見た瞬間、体中の血が冷たくなったのを感じた。
―――このままでいいと、望んでいるのに。
乱 さ れ て 堪 る か
別に俺に用があると限ったわけでもない。彼女でも待ってるのかもしれないし。昨日の今日で可能性の低い話に我ながら苦笑して。隣の成瀬が長身の影に気づいて小さく声を上げた。
「武蔵森の・・・渋沢」
気づいて振り返った相手。昨日の試合後に、わめく都選抜を押さえ込んでいた奴。たぶんキャプテンでそうせざるを得なかったのだろうけれど、あの笑っていない目は覚えている。困惑と怒りを顕にした、目。
「・・・やぁ」
今も同じ目をしてる。俺に話しかけたかどうかなんて分からないし、たとえそうであったとしても答えてやるような義理はない。無視したまま通り過ぎる。成瀬が困ったようにオロオロしてる。だけどそれも関係ない。
「ちょっ・・・!」
「何? アイス奢ってくれるんだろ? さっさと行こうぜ」
「あぁ、けど・・・っ」
奴を視界に入れないように。標準はある俺でも見上げなくてはならないほどの身長が少しムカつく。こんなの、八つ当たりだって判ってるけど。
「君」
・・・・・・あぁ、やっぱめちゃくちゃムカつく。
校門じゃ視線に晒されてうるさいから場所を移動した。歩いて数分のところにある公園。成瀬には悪いけど帰ってもらって。アイスを奢ってもらうのは明日に持ち越しだ。
「何の用」
見上げる背がかなりムカつく。左右に視線を動かして言いよどんでいる相手を先制で潰す。
「謝罪? それとも反論? どっちでもいいけど早くしてくんない? 俺、アンタと話すことなんて何もないから」
最初から攻撃態勢の俺に相手は驚いたように目を細めた。・・・・・・帰りたい、さっさと。余計なことなんてしたくない。余計なことなんて思い出したくない。それでなくとも今日は一日散々な日だと思っていたのに。ようやく決心を固めたのかそいつは口を開いた。
「昨日の試合のことだが・・・」
「さっさとしろよ」
これ以上話していたくない。俺の中で、何かが騒ぐ。
「謝罪するなと君は言うけれど、それでも謝らせて欲しいんだ」
俺はあからさまに舌打ちをした。
「昨日の俺たちの態度は試合相手に対するものではなかった。本当に申し訳ない」
「それは俺じゃなくてうちのサッカー部に言えば?」
「あぁ・・・だけど、君に最初に謝りたくて」
「俺はもういいって言ったよな? アンタが謝罪しようと昨日の事実は変わらない。だったら無意味なだけだ」
「・・・あぁ」
ムカムカしてくる。コイツの謝罪にも、台詞で思い出してしまった昨日の奴らの態度にも。イライラする。
「話はそれだけ? だったら俺は帰る」
「―――いや、待ってくれ」
肩にかけた鞄が揺れる。今日はストリートには行けそうにないな。帰って大人しく英語の宿題でもやるか。それでテレビでも見てさっさと寝よう。余計なことなんて考えたりせずに。
「・・・君」
「君付けで呼ばないでくれる? 同じ年の男にそうやって呼ばれるとバカにされてるみたいなんだけど」
「あ、あぁ済まない」
全部八つ当たり。コイツに対して毒を吐いてしまう俺。―――帰りたい。一人になりたい。傷つけたくなんかないのに。傷つけられたくなんかないのに。
「・・・君はどうしてサッカーをしているんだ?」
――――――そんなの だからに決まってる。
「・・・・・・あんたに、関係ないだろ」
声が、自分でも低くなったのがありありと判った。あぁもうこれだから。これだから嫌だったんだ。昨日の試合にも出なければ良かった。そうすれば俺はいつも通りの日々を過ごしていられたのに。こんなに、乱されることなんてなかったのに。―――ちくしょう。
「帰る。もう二度と俺の前に姿見せんな」
「・・・」
無言の相手を捨てて鞄をかけなおした。早く、早く帰ろう。もう思い出すことのないように。深く、深く眠ろう。
・・・・・・それでも。
どんなに嫌なことがあっても、どんなに悲しいことがあっても、どんなに悔しいことがあっても、必ず、朝は来てしまうんだ。
俺のすべてはあの日から止まったまま。
2003年2月27日