俺たちボールで始まった後半早々、言ったとおり成瀬から俺へパスが通った。チェックしようと向かってきた15番を相手もせずに通り過ぎて。最初は左ボランチ、16番から攻めてみるか。前半見ていた限りコイツはマンマークしてくるタイプじゃなくて、スペースを潰すタイプのプレーヤーだ。それなら個人技は比較的強くない。―――抜ける!
予想通り3回フェイントを入れたらすんなりと交わすことが出来た。これで16番はオッケー。じゃあ次は明るい茶髪、さっきバカな会話をしていた右ボランチの6番。ゴールに向かわずに向きを左に変えた。戸惑う相手ディフェンダーなんて無視をして一直線に相手目指して駆け寄って。
「奪ってみせろよ、6番」
挑発ついでに笑ってみせた。





ALIVE





6番はさっきの15番よりもテクニックがあるし、バランスがいい。口だけのヤツだったら再起不能になるくらい負かせてもいいけれど、程ほどにしておくか。軽く蹴りだした股抜きフェイントで交わしてみせて。トラップしてボールを止めて振り返り、顔を歪めている相手に手招きをしてみせた。判り安すぎる挑発。けれどそれに乗るコイツがバカなんだ。敵ベンチで冷静になれと言っている声も熱くなってるコイツには届かない。もう一度股抜きフェイントで交わしてみせて。これで6番もオッケー。
ディフェンダーはどいつも大柄なヤツラばかりだけれど、右サイドバックの14番は動きが速くないし、センターの3番は足元が弱い、左サイドバックの13番はスライディングにだけ注意すれば後は問題ない。・・・都選抜といっても所詮こんなものか。
簡単にゴールを決めることは出来る。だけどそれじゃダメなんだ。俺のサッカーは『魅せるサッカー』。だけどそれを発揮するのは最後でいい。今はこのチームを勝たせる、それが最優先すべきこと。
―――東京都選抜を負かせる、それが最優先すべきこと。
センターバックに思いっきり突っ込んでいった。足元の弱い相手を軽く交わして、サイドバックが詰めてくるのを視界の隅に入れながら、同時に味方の姿も確認して。横に出したボールはディフェンダーをすり抜けて綺麗に成瀬の元へと届いた。俺たちを甘く見ていた他の選手は戻っていない。絶好のチャンスを成瀬は見逃さず、綺麗なシュートを決めた。これで2-1。勝負はまだ、これから。
「何やってんだよお前ら! ちゃんとカバーに入れ!」
ベンチからかけられる声にも軽く肩をすくめるだけの相手。
「ちょっと気ィ抜いただけだって。二度はねぇよ」
「俺たちもまだまだこれからだし?」
バカバカしい。
後半は俺たちの攻撃時間。オマエラは慌てふためいて自分たちのプライドでも守るんだな。粉々にしてやるよ。

センターサークルに相手プレーヤーが一人でもいるうちはゲームを始められない。成瀬のさり気ない、けれど確実なファインプレーの間に俺は他の部員たちに指示を出して。そうして始まる、反撃の時間。

俺の言ったとおり大柄なFWの11番には足技で対抗して、ヘディング勝負は勝てないから限りなく飛ばせないように二人で前後に挟み込んで。9番はテクニックがずば抜けているから出来る限りボールは持たすな。中盤で抑えきれ。ボールを回してゲームを作るパサーの18番には一人専属のマークをつけて体力を削らせる。サイドの15番と17番は自分たちだけじゃゲームを組み立てられないから、放っておいていい。スペースを潰すボランチの16番は速いパス回しで攻略して、6番はさっきのプレーで俺だけを目の敵にしてるから相手にしない。ディフェンダーは素早い動きで交わす。細かくパスを回して、シュートを打って、カバーに入って。小柄なキーパーのジャンプ力は認めるけれど速いリズムにはついてこれない。後半34分、俺たちは2点目を手に入れた。
「スゲェッ! 東京選抜相手に・・・!」
「ひょっとしたら俺たち・・・っ」
騒ぎ始める部員たち。・・・好きじゃない、雰囲気。コイツラもやっぱり都選抜と同じなのか。そう思った瞬間、鋭い声が響いた。
「浮かれるな!」
・・・・・・思わず、目を見開いた。
「相手は東京選抜なんだぞ! 気を抜けばすぐに点を入れられる! 最後までしっかり抑えきるんだ! 喜ぶのはそれからにしろ!」
「キャプテン・・・!」
グラウンドに響き渡るくらいの声で成瀬が言い放った。俺は、ユニフォームの胸元を握り締めて。大きく、息を吐く。

駆け寄ってきた成瀬に顔を上げて振り向いた。
「悪かったな、慣れないチームプレーさせてさ」
頬を擦りながら言う成瀬に俺も笑う。
「まったくだよ。俺のサッカーはこんな『部活サッカー』じゃないんだぜ?」
「判ってる。・・・・・・同点にまでなったんだ、後はの好きなようにやってくれよ。俺も出来る限りフォローに入るからさ」
俺の好きなように。それは・・・。
「仕方ない」
苦笑して、ユニフォームについた土を払って。
「魅せてやるよ、俺のサッカー」
そして勝つんだ、俺たちが。

同点にされたことで都選抜のヤツラも目の色を変えた。今頃真剣になったって遅いんだよ。もう時間切れ。後は俺の時間。俺のためのショータイム。
始まると同時にスライディングして11番からボールを奪い去った。相変わらず足元が弱い。鍛えなおさないとマズイんじゃないの? 横から詰めてきた9番と、正面から来る18番と。交わすのは簡単だけど、それは俺のサッカーじゃない。俺のサッカーは観客を沸かせるためのものだから。左に舵を切ると右サイドの17番に向かって駆け出した。人が多ければ多いほど俺のテクニックは際立つから。3人くらい簡単に惑わせて魅せるよ。
MFを押しのけて中盤を駆け抜けて。土のグラウンドっていうのは好きじゃないけど、いつもやっているコートはこれ以上に最悪な場所だから。こんなに平らじゃないし、ましてやこんなに上品なプレーなんかしやしない。痣になるくらいのパワープレーは当然だし、平気で相手の足を削ったりもする。柄の悪い場所だけど、俺はそこが好きなんだ。実力だけがギャラリーを沸かせることの出来る、あの場所が好きなんだ。

誰にも邪魔されず、俺のサッカーを貫ける場所。
それだけを求めて。

思い切り蹴ったボールはすごい音を立ててゴールバーに当たって。入らなかったことに対してホッとした空気が相手チームに漂う。俺は小さく笑った。
「成瀬!」
声をかけて、肩に手を置いて体重をかけて。宙に浮かぶボール目掛けて、俺は飛んだ。
黒と白のボールが青空に映えて。切り取られた一瞬がすべてがスローモーションに変わって。身体を捻り、後は思い切り。
俺のオーバーヘッドシュートは綺麗な弧を描いて相手ゴールを揺らした。



「試合終了! 3−2で新宿南中の勝ち!」
審判の声に「ありがとうございました!」と大声で頭を下げた。都選抜は浅く頭をもたげただけで挨拶なんてしなかったけど。まったく、礼儀がなっていないにも程があるよ。
!」
駆け寄ってきた成瀬に抱きつかれる。
「ありがとう! オマエがいたから勝てたんだよ!」
「そうです! ありがとうございました、先輩!」
「ありがとうございましたっ!」
部員たちに揃って頭を下げられて、俺は軽く頭を振った。
「別に。俺の出した指示を実行できたオマエラがすごかったんだよ。俺は俺のサッカーをしただけ」
そう、俺は俺のサッカーをしただけ。そして痛感した。やっぱり俺には『部活サッカー』は合わないんだと。

君」
ユニフォームからTシャツに着替えたところで声をかけられて振り向いた。そこにはショートカットの女の人がいて。サングラスを外した顔は綺麗だったけれど、正直どうでもいい。この人は、東京都選抜の監督だから。
「貴方、都選抜に入る気はない?」
―――ふざけるな。

ざわめいた両方のベンチ。うちのサッカー部は歓声を上げて、都選抜はむしろ迷惑そうに。俺の答えなんて決まってる。
「全くないね。あんなチームに入るくらいならサッカーを辞めた方が全然マシだ」
あんな腐ったプライドでサッカーをやっているような集団に誰が入りたがるものか。そう言うと相手ベンチが敵意をむき出しに立ち上がった。本当のことを言って何が悪い?
「最初っから相手のことを見下してプレーするようなヤツと一緒にサッカーなんてしたくない。しかも甘く見といて結局は負けてるし」
言い返そうとしてくる相手の意見を聞く気はない。
「油断してたなんて理由が通用すると思ってんの? バカバカしいにも程がある。オマエラ一体何様? そんなに手ェ抜けるほど上手いわけ?」
俺に負けたのにそんなこと言えるんだ?
「ちょっとサッカーが出来るからってなめたマネしてんじゃねぇよ。そんなんでプロ目指してるとか言いやがったらぶん殴るぞ。身の程を知れ」
言いたいことは言わせて貰う。
「オマエラみたいなヤツラにサッカーやる資格はねぇよ。さっさと俺の前から立ち去れ。二度と姿見せんな」
見ているだけでイラついた。こんなヤツラがサッカーをするのかと思うと吐き気がする。こんな、ちょっと上手いだけでプライドの腐ったヤツラが。それならうちのサッカー部員たちの方が何倍もマシ。心構えが違うから。

下を見て見下すな。上を見てさらに挑め。
それだけが選手を強くする。

俺のいたい場所はここじゃない。

「ま・・・待って下さい」
鞄を持ち上げたところにまた声をかけられた。視界に入れるのもムカツクけれど、とりあえず振り向いた。そこには俺よりも20センチ近く小さな男がいて。白と水色、アディダスのジャージ。今日の試合には出ていなかった都選抜のメンバーか。拳を強く握って、俺を見上げて。
「・・・何か用?」
もう話もしたくないんだけど。あぁもう、やっぱり今日の助っ人も引き受けなければよかった。こんな嫌なヤツラを相手にしなければいけないんだったら。
「あ、あの・・・」
「話がないなら行くけど。もう関わりたくない、アンタたちとは」
今後二度と会いたくない、そんな気持ちを棘にして。小柄な少年は一度拳を強く握って顔を上げた。
「すっ・・・すみませんでした! 見下していたわけじゃないけれど、そんな態度を取ってしまって・・・。本当にすみませんでした!」
思い切り頭を下げられた。見れば都選抜のヤツラはまだ不服そうな顔をしているし。どうして俺たちが謝らなくちゃいけないんだよ、とか思ってんのが丸判り。そういう根性が嫌いなんだよ、俺は。
「別にどうでもいい」
ハッキリと言い放つ。
「アンタが謝ったところで俺の気が変わるわけじゃないし。ただ俺の中でレッテルが貼られただけだよ。都選抜は『どうしようもないプライドだけの集団の集まり』なんだってね」
カッとして相手ベンチのヤツラが身を乗り出した。それを大柄な茶色の髪の男が諌めてる。でもソイツの目も笑ってはいない。抱く気持ちはみんな一緒ってね。
「弁解できんの? 試合に出なかったヤツはどうだか知らないけど、代表として出たヤツの行動で全部が決まるんだよ。少なくともそういうヤツが一人でもいるチームが素晴らしいチームだとは俺は思わない」
「でもっ・・・」
小柄な少年は俺がそれだけ言っても引こうとはしない。わりと根性があるみたいだね。この都選抜の中ではまだマシな方ってか。
「言っとくけど、アンタ」
さっき声をかけてきた女監督のほうに振り向いて。
「アンタも同じだよ。自分のチームの選手の気構えくらいちゃんと調教したら? こんなチームがトレセンで勝ち抜けると思ってんの? 実力以前の問題だね」
「―――何、オマエ! さっきから聞いてれば言いたい放題言ってくれちゃってさ! オマエに何が判るっていうわけ!?」
色黒の男が止めるのも振り切って小柄な姿が現れた。女みたいな容姿の、けれど紛れもない男が。
「オマエこそここのサッカー部には入ってないんだろ!? 上手いから助っ人なんかしていい気になってんじゃないの? それとも負けるのが怖いわけ? だから部活には入んないんだ!?」
「・・・何、的外れなこと言ってるんだか」
肩にかけていた鞄をかけ直して、ソイツと向き合う。
「俺が部活に入っていないのはチームプレーが嫌いだからだよ。連帯責任で自分のやるべきことも出来ない他人の尻拭いをさせられるのなんてゴメンだからな」
「だったらサッカーなんて辞めればいいだろ!? サッカーはチームを組んでやるものなんだからさ!」
「俺には俺のサッカーをやる場所がある。オマエラみたいに腐ったプライドをひけらかすようなヤツラなんていない、もっと自由にプレーできる場所がある」
各個人の自由にプレーをすることの出来る、場所が。誰にも迷惑をかけることなくプレー出来る、場所が。自分だけを信じてプレーすることの出来る、場所が。
「だからムカツクんだよ、オマエラみたいなヤツラが。自分が誰よりも上手いって思って回りを見下しているヤツラがな」
信条も持たずにプレーをする。それが如何に惨めで実の無いことか。判ることも出来ないなんて、可哀想に。
「サッカーしたいんだったら余計な色気なんか出すんじゃねぇよ。サッカーだけをやってろ」
サッカーだけをすればいい。それだけを求めて。それだけを求めて。手に入れるために。

相手が黙ったのをチャンスに俺は踵を返した。これ以上平行線を辿る言い合いを続けるなんて時間の無駄。俺のいたい場所はここじゃないのだから。成瀬に軽く手を振って帰ることを告げて、校門へと足を向ける。やっぱり俺には『部活サッカー』は合わないんだと再確認しながら。
「・・・―――君!」
叫ぶように呼ばれた名前に、これが最後だと振り向いて。泣きそうな顔でジャージの裾を握り締めている小柄な姿に、変わらぬ視線を返して。
「僕は・・・っ! 僕は、プロになる!」
決死の表情で想いを叫んで。
「君が認めてくれるようなプロに・・・必ずなる!」
眩しく光を浴びて。
「サッカーが・・・サッカーが好きだから!」
輝きを増す瞬間。
「だから・・・だから・・・・・・っ」
言い切れずに唇を震わせて、唇を噛み締めて。何を言いたいかなんて判りすぎるくらいに判る。かつての俺が、そう望んだように。求める、たった一つのもの。
変わり行く周囲に惑わされること無く、唯一を抱いて。褒めはやされることにも、煽てられることにも動じずに。自分の信条だけを抱いて。貫くことは、なんて難しい。

勘違いすることなく夢を追え。それだけが君の得るべき未来だから。

「・・・・・・叶えることが出来たら認めてやるよ」
顔を上げた相手に微笑んで。風をなびかせて、光を背負って。
「オマエが、サッカー選手だってな」
一言だけのエール。出来れば、彼らが同じ轍を踏まないように。求めるものを得ることが出来ず、堕ちていかないように。
ただ、祈る。



サッカー選手になる彼らの未来が、どうか明るいものでありますように。



土のグラウンド。天然芝のフィールド。凸凹の激しいアスファルト。俺の居場所は俺のサッカーを出来る場所。
部屋の隅に置きっぱなしだったスパイクを手に取った。久しぶりに触れる皮の感触が懐かしくて目を閉じる。どうか、彼らが自分と同じ轍を踏みませんように。
心から、祈った。





2002年12月1日