俺のサッカーは遊び。本気の奴らとは違う、軽い雰囲気を好んでコートに立つ。優先するのは点を決めることじゃなくて、いかに観客を沸かせられるか。それだけが俺の信条。
俺のサッカーは遊び。趣味の一つ。
ALIVE
軽くタッチしてボールを転がす。足元で優雅に回る黒と白のボールを相手ディフェンダーが取りに来て。それをスルリと交わして次のディフェンダーへと走りこむ。自分から密集地へと進んで行って。迫り来る敵の嵐。ここからが俺の本領発揮。
ワンタッチで一人置き去りにして。湧き上がる歓声に気を良くして。今度の相手は股抜きフェイントで抜き去った。そうして呆然としている相手に手を振って。何度も何度も向かってくる相手に、同じように何度も何度も交わして。回転をかけたボールは相手の足元へと着地して、ミスと思わせて俺の元へ帰って来る。
これもすべてパフォーマンスの一つ。観客を沸かせるためのもの。
いい加減もういいだろうと判断して、後はシュートを決めるのみ。相手ディフェンダーを二度のフェイントで綺麗に交わして。放ったループシュートは当然相手ゴールに吸い込まれた。
「練習試合?」
俺はクラスメイトの台詞に首をかしげて聞き返した。
「そうなんだよ! 今度の日曜にうちのグラウンドでさ、東京選抜と試合すんの」
「東京選抜?」
「東京のサッカーの上手い中学生を集めた団体だよ。トレセンに向けて色々なところと練習試合組んでるんだってさ」
「それはどうでもいいけど、何でそれを俺に言うわけ?」
何となく嫌な予感がしたのだけれど、とりあえず聞き返してみる。そうすると目の前のクラスメイトは案の定パンッと手を合わせて俺を拝み倒した。
「頼む、! サッカー部の助っ人として試合に出てくれないか!?」
「却下」
一言で一刀両断して帰りの準備を始める。俺がサッカー部につき合う義理なんてドコにもないしね。聞くだけ時間の無駄ってトコ。けれどそいつは諦めずにしつこく繰り返す。
「な、頼むよ! 同じ中学生なのにそう簡単に負けるなんてムカツクじゃん。ってサッカー上手いしさ、マジで頼む!」
「・・・俺のサッカーは部活サッカーじゃない」
「それでいいから! 二年のFWのヤツが怪我しちゃって人数足りないんだよ」
「何でそんな人数もギリギリのようなうちの学校に都選抜が試合を申し込んできたわけ?」
「あー・・・それは確か、顧問の先生が都選抜の監督と知り合いらしくてさ」
「つまりはコネ?」
「ああ、そんな感じ」
簡単に納得されてもね。ハッキリ言ってどうでもいいんだよ、練習試合も東京都選抜も。
「・・・いいよ、出ても」
これも全部ちょっとした気紛れ。
「えっ! マ、マジでいいのか!?」
「いいよ。つーかそっちが頼んできたんじゃん」
「そうだけど、まさか本当にがオッケーしてくれるとは思ってなかったからさ。ヨシ、よろしく頼むな!」
「俺は俺のサッカーをするだけだけどね」
「じゃあ明日の部活だけ出てくれるか? 一応フォーメーションの確認だけしときたいから」
「オッケ、判った」
軽く受け答えをして教室を後にした。全部、気紛れ。丁度ストリートサッカーにも飽き始めていた頃だから、いい気分転換にでもなるかと思って。東京都選抜ね・・・どの程度のレベルなんだか。退屈させないでくれるといいけど。
結局本当に一度フォーメーションの確認をしただけで練習試合の日は来てしまった。まぁサッカー部の練習は少し見せてもらったし、多分大丈夫だとは思うけど。ファウルや怪我だけは気をつけないとな。こっちは人数もきっかり11人しかいないから。
出来るだけラフな接触は避けて、ボールを回して・・・。
「・・・・っ」
らしくない考えに気づいて苦笑する。俺の信条は何だ? 『魅せるサッカー』だろ? じゃあそんなこと気にするな。ようは俺のサッカーでいかに観客を沸かせられるかだ。それが、すべて。それだけが、すべて。
渡されたユニフォームはグレーと白のシンプルなものだった。背番号は・・・。
「成瀬」
俺をこの試合に引きずり込んだサッカー部のキャプテンを呼ぶ。振り向いたヤツにユニフォームを突き出して。
「俺、エース番号なんていらないし。他のにしてくれ」
渡されたユニフォームの背についていた番号は『9』。サッカーで花形を務めるFWの中でもエースだけがつけられるストライカーの称号。俺には、こんなもの必要ない。けれど成瀬は困ったように笑ってそれを押し返した。
「いいんだよ。うちの部活の中でが一番上手いんだからさ、気にすんな」
「オマエは良くてもチームメイトがいい気しないだろ。こんな助っ人がエース番号つけたら」
「みんなにも聞いたから大丈夫。うちの学校でサッカーやってるヤツならみんな知ってるんだよ、の腕前は」
笑って言われた言葉。そりゃ、俺のストリートでの名前はここら辺では結構知られているみたいだけど。だからって、そんなに期待されても俺は応えられるかどうかなんて判らないし。むしろ、俺のサッカーはそんなものじゃないから。
「・・・後で後悔すんなよ」
それだけ言い捨てて、ウェアを被った。背番号9のユニフォーム。心臓が一つ、音を立てた。
「ではこれから東京都選抜VS新宿南中の試合を開始します!」
ピーッとホイッスルが鳴ってゲームの開始が告げられた。俺たち新宿南は4−4−2のフォーメーション。MFをダイヤモンド型に配置したマルチなシステム。対する都選抜は3−5−2でダブルボランチを置いた、中盤での展開を重視したフォーメーション。俺のポジションはFW、右トップ。2列目にはゲームメーカーの成瀬がいて、DFは4人だけどラインディフェンスなんて高度なものじゃなくスイーパーを置いた普通なもの。ま、これが普通なんだろうな。
相手ボールから始まったゲーム。都選抜の中央はわりと小柄で細い目の男で、俺はそいつに素早くチェックをかける。そうしたらすかさず横にパスを回されて。へぇ・・・なるほど。こいつはドリブラーじゃなくてパサーなんだな。背番号は18、パスを回した右サイドの相手は17。17番はパサーじゃなくてドリブラーみたいだ。まったく、才能があるヤツばっかり集めたチームっつーのは本当だな。18番のパスも、17番のドリブルも中学生じゃかなりのレベルのものだし。だからって、俺には通用しないけど。
うちのサッカー部が極端に弱いわけじゃない。むしろ人数はギリギリでも実力は結構ある方だと思う。顧問の先生は科学担当だけど、元は高校サッカー選手権でもイイトコまでいったチームのレギュラーだったみたいだし。だけどやっぱり、東京中から選抜されたチームを競わせるとまだまだ荒さが目立つ。パス一つとっても特別相手にカットされにくいものではないし、フェイントももう一回多く入れればいいのにそれが出来ないし。それが所謂『部活サッカー』の限界なんだと思う。チームで勝ちたいと思うなら、チーム丸ごとのレベルアップが必要なんだ。
それが出来ないなら諦めろ。サッカーは個人技じゃない。みんなでやるものなんだから。
俺はそれが嫌だから、趣味でサッカーを終わらせる。
「なっさけねぇー」
軽い嘲笑の声が耳に入った。俺のいる場所は敵陣の真ん中辺り。ココにいろ、と成瀬に言われたから。ココまでボールを運ぶからその後は頼む、と成瀬に言われたから。律儀に約束を守っているわけじゃない。ただドコまで出来るのかお手並み拝見といったところで。聞こえた声に振り返れば明るい茶色の髪の男がDFの背の高い男と話をしていた。
「大体さぁ監督も知り合いだからってこんな弱い学校と試合組まなくてもいいじゃん。つき合わされる俺たちがイイ迷惑だっつーの」
「全くだよな。俺、本当なら今日は新作の模型を買いに行くつもりだったのによ」
「あ、内藤の趣味って模型作りだったけ? 俺も今日くらいはゆっくり寝たかったなー」
試合中だというのにバカな会話を交わして。吐き捨てるような笑いが、つい口から漏れた。いくら上手いからってやっぱりこんなものなのか。失望は隠せない。
情けないのはどっちだ? 一生懸命ゴールを決められないように守っているアイツラか? 一試合で何ゴール出来るか賭けをしている敵のFWか?
そんなの、一目瞭然。バカバカしいにも程がある。これだから嫌いなんだよ、チームプレーっていうのは。
「おい」
俺と同じくトップFWを務める二年生の選手に声をかけて。
「えっ? ハ、ハイ!」
「俺は下がる。前線はオマエ一人でどうにかしとけ」
見せてやるよ、俺の実力を。
オマエラの嘲笑が如何にバカらしいものか。
魅せてやるよ、俺のサッカーを。
相手FWは長髪の体格のいい11番と、黒髪短髪の9番。笑いながらパスを回している左サイドの15番に右サイドの17番。相手するのも笑えるけど、仕方ないから。回されているパスを軽くカットしてゲームメーカーの成瀬にパスした。
「え?」
驚いたように声を上げる相手プレーヤーを無視して、さっさと上がる。後ろから聞こえてくる声にさらに失望が広がった。
「何だ、こんなチームにも上手いヤツっているんじゃん」
「バーカ。どうせ今のだってどうせマグレに決まってんだろ」
「せっかく俺のシュートチャンスだったのになぁ。ま、いっか。また決めればいいし」
「ゴール数で負けたヤツはラーメン奢りだからな、藤代」
「判ってるって。どうせ鳴海だと思うけどねー」
バカらしい。
二年生FWの放ったシュートはキーパー以前にディフェンダーに止められた。
そうして前半終了の笛が鳴らされて。2−0で俺たちのチームは負けていた。
「あーあぁ、もっと点が取れると思ったのに」
「いいじゃん、どうせ相手の勢いも前半までだろうし。後半はもっとガンガンいこうぜ」
「そうだな」
聞こえてくる会話に苛立ちが募る。そしてそれを注意しない指導者にも。こんなチームが東京の代表だなんて。すごくムカツク。これだから嫌いなんだ、チームサッカーは。
嫌いだ。嫌いだけど。
このまま引き下がるわけにはいかないんだよ。
「ディフェンダー」
疲れ果ててグラウンドに座り込んでいる選手たちに声をかける。
「後半はもう少し離れてチェックにかかれ。そうすればシュートは打てずにドリブルで抜きにかかってくるから、そうしたら周りのヤツがカバーに入って止めろ」
土のグラウンドにコートを描いて。
「中央の18番は体力がないから厳しくマークすればパスの精度が落ちる。右サイドの17番はドリブルだけでパスはどうってことないし、左サイドの15番は逆にセンタリングだけでドリブルはたいしたことがない。冷静に対処すれば交わせるはずだ」
描く布陣は前半と同じもので、けれど今度は違う。相手プレーヤーの癖さえ判ればそれだけでゲームは大きく変わるから。
「ボランチと相手ディフェンダーはまだよく判らないから、後半早々に俺が仕掛ける。成瀬、パス回してくれ」
「あぁ、判った」
頷く成瀬と話を聞いていた選手たちに戦術を確認させて。何も言わない顧問を見ると、穏やかに笑って返された。どうして助っ人でしかない俺の意見がここまで通るのか疑問だけれど、今はそんなことよりも優先すべきことがあるから。
東京都選抜を負かしてやる。ヤツラの腐ったプライドを粉々にぶち壊してやる。
覚悟しとけ。
2002年12月1日