【てんさいな財前くんとは?】
財前君は天才だけど天災だよ! シングルスもいけるけど、特にダブルスがてんさい的だよ! どんな相手とでもペアを組めるよ! 裏U-17では「ひとりで出来るもん」宣言をしたけど立ち行かなくなった真田の前に降臨したよ! 「ざまぁ」とせせら笑って、あの皇帝に土下座をさせかけたよ! 財前君は天才だよ! だけどとっても天災なんだよ! 『てんさいだよ、財前くん!』はそんな財前君が、テニプリをざっくざっくと切り刻んでいく話だよ! ハイテンションだよ! SQ8月号のネタバレを含むよ! 何でも大丈夫なら、さぁどうぞ!






てんさいだよ、財前くん!





まぁ、その瞬間の財前の顔と来たら、それはそれはスタイリッシュでありながらも綺麗で格好いいと女子に大人気の常の表情からは到底かけ離れていたわけだ。いつもは眠たそうな目を限界まで見開いて、薄く形の良い唇は「にゃー!」と声が出ていないのが奇跡的と言わざるを得ない。しかし実際、隣では謙也と小春が「あひょー!」やら「うはー!」やら叫んでいたので、財前だけ見ていれば効果音は殊更におかしくなっていた。それもそのはず、ようやく合流してみれば、彼ら四天宝寺中テニス部部長の白石が左腕に怪我を負っていたのだ。毒手云々のため金太郎を隔離して行われている手当ての最中、包帯の下から現れたのは変な日焼けをした肌ではなく、青やら紫やらの酷い痣。骨折していないのがせめてもの救いだと言わんばかりのその横で、立海の切原が身を小さくして縮こまっている。
「お、久し振りやなぁ。何や、結局財前もユウジも来たんか」
「ひひひひひ久し振りちゃうやろ! どないしたん、その怪我は!」
「あぁ、これか? ちょおミスしてなぁ。まぁ大した怪我やないし、そんな心配いらんで」
「ほ、ほんまに大丈夫なん!? あぁん、ウチずっと一緒におったら、蔵リンにそないな怪我させへんかったのに!」
「小春ー! 浮気か!」
「はは! おまえら、ほんま変わらんなぁ」
白石は爽やかに笑うが、裏U-17で離れていた謙也と小春とユウジは事の次第を知らないため、心配だ心配だとバターになりたいかのごとくぐるぐると回り始める。大丈夫やでー、と左腕を振ってみせる白石に対し、その横で俯いて膝の上の拳を握り締めている切原。ふらり、財前の身体が傾いた。
「財前?」
まっすぐに斜めになって、倒れるかと思いきやバランス人間の木手もびっくりの感覚で立ち直り、財前は背中を向ける。そのままふらりふらりとどこへ向かって行くのだろうか。バターになれない仲間たちの隙間から白石が見送っていれば、財前の背中は左右に揺れながら黄色い軍団へと近づいていく。四天宝寺よりもオレンジ色の強いあれは、隣にいる切原と同じ立海ジャージだ。帽子と放たれる威厳から一瞬で見分けがつくあれは、間違いなく真田だろう。その向こうに見えるのは柔らかな笑みを浮かべている幸村で、あぁあっちも感動の再会をしとるんやなぁ、なんて白石が暢気なことを思っていられたのもそこまでだった。
千鳥足もどきで背後に立った財前は、繰り出した蹴りで真田に所謂豪快な「膝かっくん」を食らわせたのだ。流石にぎょっとしている幸村を他所に、崩れた背中にテニスシューズを乗せて思い切り踏んづける。時間にして二秒弱。どごん、なんて凄まじい音を響かせ、真田は地に伏していた。這い蹲る背中をぎりぎりと跡が残るほどに踏みつけているのは言わずもがな財前である。
「なっ・・・! な、ななななな何してんねん、あの子!」
ぎゃあ、と冷静が売りの白石とて叫んでしまった。あの皇帝にお茶目な膝かっくんを食らわせただけならまだしも、背を足蹴にするだなんて地獄が見たいにも程がある。ひぃ、と悲鳴を挙げて立ち上がれば、バターを諦めたらしい謙也たちが白石と同じ方向を見て、「あぁ、またやっとるわ」と呆れている。蒼白になっていた白石は気づいていなかったが、財前と真田の状況に驚いているのは勝ち組としてずっと合宿所にいた面子ばかりで、裏U-17で苦楽を共にしてきた選手たちは笑うか流しているかのどっちかだ。
「ざ、ざざざ財前! おまえ、何しとんのや! はよ真田君から退きなさい! ええ子やから!」
「ちょお黙っててくれません? 今、調教しとる最中なんすわ」
「ちょ、調教って・・・! 俺はおまえをそんな子に育てた覚えはないで!?」
「謙也さーん」
「はいはい。白石、金ちゃん来るからはよ手当てしぃや。毒手やないってばれるで?」
「ちょっ・・・! おまえ、真田副部長に何してんだよ!」
「うっさい。黙れやボケ。おまえこそうちの部長に何してくれとんのや。あぁ? おまえの両腕折ったろか。その目玉潰して血の涙流させてやってもええんやで?」
ぎゃう、と我に返って白石の隣から噛み付いた切原に対し、財前は振り向いて視線を合わせるどころか、足元の真田を踏みつける踵にぐりぐりと力を込める。王者立海大付属の芥子色のジャージが薄汚れていく。ぐぬぬぬ、と呻く真田に、今度は財前が声を投げつけた。余談だが、相変わらずそのバイオレンスな状況は、白石からは財前の背中と真田の裏返ったシューズの底しか見えない。
「真田」
「「「呼び捨てかっ!」」」
ところどころで跡部やら手塚やらの信じがたいらしいツッコミが入った。
「・・・・・・な、何だ、財前」
「おまえんとこの後輩が、うちの部長に怪我させとるんやけど。この落とし前、どうやってつけてくれるん? 土下座じゃ割りに合わへんで。とりあえず立海全員でパンツマンダンスでも踊ってもらおか。その後でパヒュームかAKBや。治療費に慰謝料、義援金も募らせてもらうで。登下校の送り迎えは当然やんなぁ。授業中のノート取りに購買での壮絶バトル、後はせやな、右手の代わりもしてもらうで。部長かて男子中学生や、毎晩抜いとるかもしれへんしなぁ」
「きゃああっ! 財前ちゃんったら、大胆! 真田きゅん、ウチもお願い!」
「小春、浮気か! ちゅーか怖すぎるやろ、その状況!」
「待て待て待て待て! 何やおまえら、裏U-17の『裏』ってその裏やったんか!? ちゅーか財前! 俺はそんなに抜いてへんで!」
「白石、爽やかボーイの仮面が崩れとるでー? おまえの持っとる健康器具、八割が大人の玩具ってほんまなん?」
「そんなん世界中のありとあらゆるもんが使い方次第やろ! って阿呆、俺は健全な健康少年や! イメージ崩さすな!」
「乗ったおまえが悪いんやろ」
うわぁ四天宝寺って馬鹿ばっか。カオスだカオス。周囲の同じ中学生たちがそんな生温かく呆れた目で眺めていると、すっと這い蹲る真田の横に進み出た影があった。蓮二、と乾が名を叫ぶが、もはやそこはすでに財前のテリトリー。身長差から顎をつんと逸らして睨み上げる様は、足元の真田の姿もあいまって実に非常に天災、否、天才だ。
「すまない。白石の怪我の一因は、この俺にもある。俺が白石に赤也の悪魔化を止めてくれるよう頼んだばかりに」
「Hey, guy. Sit up straight」
「・・・む」
「聞こえへんかったんか? おまえ、英語の成績1なん? 俺の発音が滑らか過ぎたんやったら謝るわ。もう一回言ったるで。座れ。お座り。犬でも出来る芸当や」
財前の指先が地面を示す。しばらく沈黙した後に静かに正座した柳の様子に、彼や真田を纏めるべきポジションにある幸村は本気で呆れて「おまえら、一体何があったの」と問うていたけれども、真実は裏U-17だけが知っている。勝ち組の柳生が仁王を振り向いた。負け組の仁王は柳生から顔を反らした。がしっと財前が柳のさらさらヘアーをわし掴む。体重をかけて潰していけば、姿勢のよい柳の背中が重力にしたがって曲がっていく。結局正座したまま前屈をするという非常に厳しい体制になった柳の背に、これまたもう片足の乗せて財前は降り立った。右足の下に真田、左足の下に柳。人間ピラミッドの完成である。
「ほんまありえへんわ」
「ありえへんのはおまえや! 皇帝と達人と組体操って、おまえどこの最強小学生や!」
「部長は怪我するし、俺はダブルスでこないな阿呆どもの面倒みなあかんし。ほんまええ迷惑や。この合宿、俺ら四天宝寺にええことなさすぎや」
「あー・・・確かにせやなぁ。俺ら、何か得したか? テニスが上手くなるんは当然としてな?」
「そうねぇ。イケメンくんたちの番号をゲット出来たくらいやね」
「小春、携帯寄越せや! 俺の以外全部デリートしたる!」
「金ちゃんはコシマエと、千歳は橘と、師範は弟君の友達と会えて楽しそうやけどなぁ」
「つーまらへん、つまらへん。俺、先に帰ってええすか、部長」
「それは困る!」
四天宝寺の会話に乱入し、真田ががばっと身を起こしたために財前の体勢が崩れるが、そこは流石の運動神経で軽やかに柳の背中に着地する。つまり財前on柳の出来上がりだ。「平気?」などと声をかける幸村も完全に顔が笑っているため、柳の強制土下座を終わらせてやる輩はいない。
「財前! 俺はおまえとペアを組んで、やっとダブルスの真髄に触れられたのだ。おまえはまだ帰るな! もう一度俺とペアを組め!」
「『ペアを組め』?」
「組んでくださいお願いします!」
おまえ本当に皇帝か、とそこかしこでツッコミが上がったのはもはや仕方がないだろう。柳に乗っているため視線が等しくなっている財前の肩を掴み、熱烈な低姿勢で真田が乞う。眼差しは目が血走るほどに真剣だ。外野では勝ち組の忍足が「何や、あいつらダブルス組んだんか?」と問いかけ、負け組の向日が「俺も財前となら組みてーかも。侑士より俺の動き読んでくれそうだし」と頷き、「え、ちょお、がっくん!?」とひとつのペアが解消の危機を迎えていたが、真田の耳にそんな騒音は届かない。しかし財前の足元からの訴えは、チームメイトの誼かどうやら無事に届いたらしい。
「待て、弦一郎。ペアを組むなら俺が先だ。おまえはすでに一度財前と組んでいるのだから後でもいいだろう」
「順番など関係ない。蓮二こそダブルスは十分に精通しているのだから良いだろう」
「だからこそ新しい境地を拓いてみたい。俺は今までパートナーを活かすダブルスを心がけてきたが、そんな俺が財前にどう『活かされる』のかを知りたくてな」
「ふっ・・・! 得も知れぬ快感だぞ、蓮二。俺はダブルスを学ぶことで、更なる高みへと昇ることが出来るに違いない。そのためには財前、おまえが必要だ!」
「俺にもおまえが必要だ、財前。共にダブルスでレギュラーの座を掴まないか」
「財前!」
「財前」
プロポーズもびっくりな勢いで真田が詰め寄り、下僕宣言も及ばない足元から柳が強請る。ぐすっという鼻をすする音が小さくしたかと思うと、ほろほろと切原が泣いており、そんな彼をチームメイトの丸井とジャッカルが慰めている。俺のせいで副部長と柳先輩が変態に、奴隷に。酷い物言いだがあながち間違っていないので否定のしようがない。大の男ふたりから迫られることになり、財前はあからさまに嫌そうな顔だ。真田に膝かっくんを食らわせたときでさえ変わらなかった表情が、これでもかと拒否を示している。しかしそんな財前の片手を取って、柳の背中から引き降ろした強者がいた。
「へぇ、そんなにダブルスが上手いんだ? だったら俺も組んでみたいな。俺のテニスに飲み込まれずに、きちんとダブルスをやってくれる奴がいなくてね」
手を取り、腰を取り、ワルツのごとくくるりとターンしてもジャージが肩から落ちない不思議。それが立海大付属中テニス部部長、幸村だ。くるくるくるくると回転しているうちに、ようやく足蹴から解放された柳も立ち上がる。しかし部長である幸村には逆らえないのか、真田と柳は手をわきわきとさせながらじっと奪還のチャンスを狙っている。勝ち組もようやく現状の理解が追いついてきた。つまり財前は天才なのだろう。どんな相手とでもダブルスを組むことが出来る、稀有な選手。あの真田に呼び捨てを許させるほどの実力だというのなら、それは結構どころか大層な代物だ。しかしどう考えても天才より天災の方が相応しく思えるのは何故だろう。うーん。皆が首を傾げていると、激しいチョップが財前と幸村の間を引き裂いた。テニスコートのワルツが終わった。
「・・・悪いけど、幸村君。うちの後輩は返してもらうで」
左腕は相変わらず包帯だが、常と違い真っ当な使用法をされているそちらではなく、右手でチョップを繰り出したのは白石だ。もちろん財前と幸村はそれが当たる直前に互いの距離を開けたけれども。鋭い白石の眼差しにも、にこり、幸村は笑う。次の言葉に切原がまた泣き出す。
「白石、選抜の間だけでも赤也と財前君をトレードしないかい? 赤也も随分君に懐いているみたいだし」
「悪魔化を止めるきっかけを作っただけでも俺は十分やろ。後はおまえら先輩の仕事やで」
「ふふ、そのことには素直に礼を言うよ。じゃあね、財前君。今度は俺とダブルスやろう」
「ほら。行くで、財前」
「俺んこと放置して他の後輩構っとった部長なんや知らんすわ」
「ざーいーぜーんー・・・」
「謙也さん、やっぱ俺、謙也さんとのダブルスが一番楽っすわ。怪我しおった阿呆な部長は捨ておいて、一緒に選抜残りましょうね」
腕を引っ張る白石の右手から華麗に脱出し、財前はすたすたと早足で四天宝寺の面子の集まる場所に戻ったかと思うと、にこやかな作り笑顔を謙也に向ける。そのまま彼の背中に回って引っ付いたかと思うと、横から顔だけ覗かせて「べぇ」と舌を見せるのだから子供のようだ。いや、分かってやっているところが完全に子供ではない。呆然と立ち尽くすことになってしまった白石に向かい合う形で、謙也は頬を掻いて苦笑いする。
「まぁ、天才の機嫌を損ねたおまえが悪いんや。しばらくは財前の我侭を聞いてやるんやな」
「・・・・・・理不尽や。俺だけ損しとるで、この合宿」
「器用貧乏が馬鹿を見るっちゅーのは真理っすよ、部長?」
「関西人に馬鹿言うんやない! せめて阿呆って言わんかい!」
「器用貧乏が阿呆を見るっちゅーのは真理っすよ、部長?」
「二度もほんまに繰り返すんやない! あああ、本気で泣きそうや・・・! 何で俺だけこないな目に遭わなあかんのや・・・!」
「俺を蔑ろにした罰やないっすか」
ぷーい、と財前がそっぽを向けば、ついに白石はテニスコートに膝をつく。小春とユウジがその周囲を回って、「元気出して蔵リン!」やら「負けたらあかんで、器用貧乏!」やらどついたりするものだから更に落ち込みを煽るばかりだ。財前は相変わらず謙也の背中で唇を尖らせていて、どうやら拗ねは収まりそうにないらしい。くすくすと幸村が笑い、むうっと真田と柳が眉を顰め、ぐずぐずと切原が泣いている。もはや周囲は完全に呆れ顔だ。
U-17選抜合宿は、ようやく本番を迎えたばかり。財前の天才かつ天災っぷりは、まだまだ周囲を巻き込み続いていきそうなのだった。





財前は自分以外の後輩のために身を挺した白石が非常に気に入らなかったようです。金太郎ならまだしも切原やと? ふざけんなわれ。みたいな。
2010年7月8日