オフライン発行の「怪談学園」の後日談です。「怪談学園」は立海レギュラーがわいわいぎゃあぎゃあ喚いたり叫んだりしながら、学校の怪談に必死に立ち向かうお話でした。ちなみに仁王は骨格標本の佐藤君と人体模型の鈴木君を、校舎の廊下の窓から中庭に投げ落としてぶち壊したりしました。





「怪談学園」後日談 〜 十五年目の再会 〜





立海大付属中を卒業して、約十五年。大学卒業後、仁王は建築事務所に就職していた。住宅だけでなく店舗やオフィスなどのデザインや設計を担っては、忙しいけれどもそこそこ充実した毎日を送っている。先日めでたく三十路を迎えたが、結婚という言葉とは今のところ無縁だ。独り暮らしのアパートと事務所を往復する毎日。時には休みに出かけたりもするけれども、仁王の日常の些細な楽しみは昼食だった。相変わらず折に触れて集まる友人のひとり、真田に説教をされそうだが、これを見越して近くの建築事務所を選んだといっても過言ではなかった。
「若先生、あーそーぼー」
「・・・仁王君、まだ診療時間内ですよ」
「さっき最後の患者さんが帰ったって受付の高橋さんに聞いたぜよ。後五分だから先にお昼入らせてもらいますね一度家に帰って洗濯を取り込んできますすみません若先生によろしくお伝えください、って言ってたのう」
「そうですか。それでは私たちも昼食にしましょうか。今日は昨日の夜に作った角煮と、きゅうりとしらすの酢の物、あとはお味噌汁でいいですか? ああ、内田さんに大学芋を頂いたので、それも出しましょう」
「柳生の角煮は世界で一番美味いと思うナリ」
「おだてても何も出ませんよ」
柔らかく笑い、白衣を脱いで椅子にかける。大学病院での勤務を経て、柳生は今年、実家の柳生医院に医師として戻ってきていた。祖父はすでに亡くなっており、今は両親と柳生の三人で患者を診ている。診療時間は昼休憩をはさんで午前と午後に分かれており、週に三日は柳生がひとりで午前を担当していた。そうしてそこに、職場が近いのをいいことに仁王が転がり込んでくるのである。まさか立海を卒業して十年以上経ってまた、仁王君と昼食を共にする日が来るとは思いませんでしたよ。仁王が前触れもなく食事を強請りに来た初日に、柳生がそう言って仕方なさそうに、それでも嬉しそうに笑ったのは良い思い出である。
隣の敷地にある自宅に戻り、柳生がてきぱきと準備した昼食を美味しく平らげ、そうしてまた病院に戻ってきてお茶で一服する。一時間の昼休みだが、これはもうお決まりのコースだ。のほほんと窓の外に広がる庭やら、その向こうの通りやらを眺めて時間を過ごす。話す内容は仕事のことだったり、あるいは次の休みの予定だったりと様変わりしたが、互いの存在が近くにあるのは中学の頃から変わらない。あと十分したら事務所に帰らんとのう、と時計を見上げた仁王の手元に、すっと羊羹の載った小皿が差し出される。
「ありがとさ、ん・・・?」
唯一の昼食の同伴者である柳生は、仁王の目の前にいる。しかし羊羹は真横から差し出されてきた。はた、と仁王が横を向く。対面の柳生はにこやかに微笑んで、同じように皿を受け取って礼を告げている。
「ありがとうございます、佐藤さん」
「っ・・・!」
盆を抱えてそこに立っていたのは骨格標本だった。柳生に礼を言われて、嬉しそうにかくかくと骨だけの顎を動かしている。少し黄ばんだ白は年代物の証だろう。動く骨。動く骨。羊羹を切って持ってきてくれる骨格標本。そんな恐ろしいメイドは知らないが、仁王の脳裏に十五年前の記憶がフラッシュバックした。あの、摩訶不思議な夜。廊下から担ぎ落した。
「生物室の骨格標本か・・・!?」
がこっと骨が振り向いた。思わず立ち上がってしまった仁王に対し、お久し振りです、とでも言うかのように片手を挙げて挨拶してくる。律儀に一礼してから下がっていく姿を、仁王は呆気に取られて見送ってしまった。言っていませんでしたか、と柳生が思い出したかのように、骨格標本が切り分けてくれた羊羹を食べながら話す。
「先日、中等部を訪ねる機会がありまして。その際に骨格標本と人体模型が古くなったから買い替える予定だと伺ったんです。おふたりには縁がありますし、もし良ければと思い譲っていただきました」
佐藤さんと鈴木さんも、我が家の居心地を気に入ってくださったみたいで。柳生が語る傍らで、骨格標本が出ていった扉から今度は人体模型が顔を出してくる。ひらひらと筋肉と血管ばかりの手を振っていたが、人体模型は何に気づいたのかがしゃんがしゃんと足音を立てて室内に入ってきた。そうして詳細に描かれている眼球を仁王に向ける。
「・・・何じゃ」
十五年前の、イレギュラー過ぎた夜のこととはいえ、窓から地面に投げ落として破壊した覚えのある身としては、居心地が悪くて堪らない。しかし真昼間だというのに好き勝手に動く怪談というのはどうなんだろうか。しばらく仁王と睨みあっていた人体模型は視線を外し、今度は柳生をじっと見つめる。あれほど怪談は嫌いだと言っていた柳生もすでに克服したのか、あるいは慣れたのか麻痺したのか、首を傾げてその視線を受け止めていた。しかしふと表情を真顔に戻し、立ち上がって仁王を振り向く。
「失礼」
触れてきた手は医者のものだった。額に掌を当て、顎の付け根を指先で軽く押さえ、口を開けさせたり、聴診器を用いたりといくつか行為を行ってから、柳生は眉を顰めて難しい顔をした。
「仁王君、先日あった事務所の歓迎会で飲み過ぎたんじゃありませんか? 肝臓が弱っていると鈴木さんが言っていますよ。昼食だけじゃなくて、朝も夜もちゃんと食べていますか? 朝食にバナナだけなんて、そんな中等部のときみたいな真似はしていないでしょうね?」
「あー・・・」
「仁王君?」
ぎらっと眼鏡のレンズを反射させて問い質し、とりあえず血液検査をしましょう、と柳生が言えば、看護師の代わりに骨格標本が注射針といくつかのシリンジをトレーに載せて運んできた。人体模型は自らの腎臓を腹からぱこっと取り出して、ここ、ここ、とどうやら弱っているらしい部分を指さして仁王に訴えてくる。何じゃこの状況は、と慄いた自分は決して間違っていないだろうと仁王は思った。その間も柳生はてきぱきと確かな所作で採血を済ませている。
骨格標本と人体模型に左右から挟まれ、仁王は柳生医院がいつしか怪談病院と呼ばれるのではないかと、半ば本気で危惧するのだった。





結局はテケテケやヒキコさんが来なかっただけ良しとしたそうです。
2011年2月20日