<ルーキー>





今日から柏レイソルには期待のFWが一人入る。



「あぁいいところに。小島さん」
本屋から帰ってきたところで小島明希人は声をかけられて振り向いた。
スニーカーを脱いで自分の靴箱へと放り込み振り返る。
見ればこの寮の管理人の男性が立っていて、にこやかな笑顔をこちらへ向けていた。
「この子を部屋まで案内してもえらえませんか?あいにく電話がかかって来てしまっていて」
「いいですよ」
穏やかな気質であるこの管理人を明希人はわりと好んでいたので、頼みを気安く引き受けた。
そして急いで管理人室へと戻っていった背を見送って、そこに残った青年へと声をかける。
「君、部屋の番号は聞いてる?」
「はい、聞いてます。202号室です」
「あぁじゃあ俺の隣だね。俺は小島明希人。よろしく」
「真田一馬です。よろしくお願いします」
腰から下げられた礼儀正しい挨拶に明希人は目を見張って、そして優しく微笑んだ。
上げた顔は整っていて、まっすぐにこちらを見てくる。
気持ちの良い新人が来たな、と明希人は思った。
「真田ってB代表の?」
「あ、はい。そうです」
「この前のフランス戦見たよ。後半37分のゴールは見事だった」
「ありがとうございます」
照れたようにはにかむ顔は高校卒業間近という年齢に見合った幼いもので。
自分の妹と同い年なのを思い出して、弟が出来たみたいだと明希人は思う。
可愛らしい、弟が。



柏レイソルに限らず、新人は余程のことがない限り寮に入ることが義務づけられている。
何年かすれば出ていっても良いのだが、柏の寮は居心地がいいらしく、独身の選手はだいたいがここに住んでいたりして。
食事はちゃんとバランスの計算されたものが出てくるし、練習場やスタジアムにも近いし。
門限は一応決められてはいるが、ちゃんと連絡さえすれば認めてもらえるという、他のチームからは羨ましがられるような寮。
まだ独身の明希人も例に漏れずこの寮で生活を送っていた。



「部屋にも簡易キッチンはついてるけれど、食事は食堂で出されるから。メニューはその日によってそれぞれ」
一馬を案内しながら説明をしていく。
試合のない今日は練習を終えたチームメイトたちが食堂で思い思いに食べたり喋ったりしている。
「ここにも冷蔵庫はあるけれど、飲み物とかデザートとかは自分の部屋に冷蔵庫を持ち込んでそこに置いた方がいいかも。ここに置いておくと名前が書いてあっても食べられちゃうことがあるから」
「名前、書くんですか?」
「そうだよ。やらなかった?兄弟とプリン争ったりとか」
「あ、俺、一人っ子なんで」
兄弟間の意外な競争を知ったのか、目を丸くしている一馬に明希人は微笑んで。
「じゃあチームにいる奴等は全員兄貴だと思えばいいよ。面倒見のいい奴ばかりだし」
「はい」
ウィンクして言った明希人の言葉が自分に気を使ってくれたものだと判って、一馬は嬉しそうに笑った。
雰囲気の良い寮で良かったな、と思う。



「あ、明希人さん!そいつ新人ですか?」
「そうだよ。新しく入った真田一馬君」
「よろしくお願いします」
「「「「「よろしくー!」」」」」
「真田ってB代表の!?へぇ、フィールドとはずいぶん雰囲気が違うんだな」
「年はまだ18?うっわ、若い!」
「真田のポストプレイとボールキープ力は即戦力だからな。よし!今年は優勝目指すぞ!」
「何言ってんスか、そんなの毎年目指してるじゃないスか!」
「今年こそ実現させる!そのためには頼むぞ、真田!!」
「はい!」



温かい雰囲気で迎えてもらえたことが嬉しくて、一馬は本当に嬉しそうに笑う。
それに新たなチームメイトたちも嬉しそうに声を出して笑って。
今年こそ優勝!と大声で誓う。



このチームで優勝!─────と。



「一馬!ビューティフルゴール頼むぜ!」
「あぁでもそれには俺が良いパス出さないとなぁ」
「明希人さん!頼みますって!」
「うーん、頑張ってはみるけどね」



口ではそう言いつつも自信あり気な笑みを見せる明希人に目を見張って、そして笑って。
今季の柏は一味違うぞ、とみんな笑った。



その言葉に違わず、一馬はデビュー戦で見事なゴールを飾るのだった。





2003年5月20日