<真田、森へ行く6>





真田一馬は財布から鍵を取り出しながら思った。
とりあえず冷えてしまっているだろう洗濯を取り込んで、そのまま乾燥機にかけなくては、と。



いつもこなしているサイクルがひょんな拍子に崩れると一体何をすれば良いのか困ることがある。
この時間、いつもは何をしていたのか真田は洗濯を入れながら思い返すように考えた。
今日はたしか、洗濯を干して、部屋の掃除機をかけて、スーパーに買い物に行って、夕飯を作ろうと思っていた。・・・・・・いつものように。
陽がぽかぽかとしていて天気がよいからベッドカバーや枕カバーも洗って布団も干して。
風呂と洗面所も今日は念入りに掃除しようか、なんてことを計画していたはずだ。
――――――――――朝の時点では。
けれどその予定は一通のメールによってすべて狂ってしまった。
布団は行く前に取り込んでいったから良いものの、洗濯類はすべて夜風に当たって冷え切ってしまっていて。
このカバーも今日は使えないな、と真田は思った。



今日は色々とあった。真田は木綿豆腐を手の平の上で正方形に切りながら振り返える。
一通のメールから始まって、一番最初に笠井竹巳という人物と出会った。
彼の存在はある種真田にとっては意外なものだった。藤代に、あぁいう感じの友達がいるなんて。
笠井は藤代とは似ても似つかない雰囲気を持っている人物だった。どちらかといえば控えめな印象の。
感情よりも理性を優先するタイプだろう。その点では藤代とまったく違うのに、それでも二人は確かに仲が良かった。
漫才にも似た会話を思い出しながら大根とニンジンの皮を剥く。・・・・・・そういえば藤代はニンジンが嫌いだったな、と真田は思った。
渋沢は寮にいてもやはり渋沢だった。選抜と同じく周囲を統括するべき立場にいる彼。
今思えば渋沢はどこの選抜でもキャプテンを務めていた気がする。大変だな、と思ったことがあった。
けれど今日寮で見た彼はとても楽しそうだった。好きなのだろう、武蔵森が。一目でそう判る笑顔だった。
ごぼうをささがきにして、しいたけは石づきを取り除いて細切りにする。
帰り際に会った三上は選抜合宿のときよりも良い顔をしていた。
少しだけ意地悪そうな顔がほんの少し和らいで優しく笑った瞬間。
いい人だな、と思った。
本人に言ったらきっとあからさまに顔を歪めるポーズを作って否定するだろうけれど。
切った野菜を大鍋にいれながら、真田は小さく笑う。



グツグツと煮える鍋を見て、頃合いを見計らって豆腐を入れる。塩と醤油で味付けして少しだけ味噌を加えた。
さらに煮込む間に乾燥機から取り出した乾いた洗濯をたたんで、それぞれ元あるべき場所へと置いてくる。
キッチンへと戻ってきて器にけんちん汁をよそい、テレビをつけてそれを食べた。
明日は晴れだと、天気予報士が告げている。そういえば帰り道に見上げた夜空には星がほんの少し見えていた。
明日はクラブで試合がある。晴れてよかった。



風呂を洗って、沸かす間に宿題を済ませておこう。掃除機をかけるには時間が遅いから隣人に迷惑になる。
食べ終えた器と箸を洗いながら真田はそう考える。
ベッドカバーはクローゼットから新しいのを出した。自分の分と、母親の分と。
歩くたびにスリッパの音が静かな部屋に響く。



他愛もない一日は、こうして終わりを告げた。





『真田、森へ行く』完結
2003年5月14日