<真田、森へ行く4>





藤代誠二はクッションを叩きながら思った。
何で自分はこんなにも真田が好きなのに、それが少しも伝わらなかったりするのだろう、と。



事の始まりは選抜で一緒の若菜結人にメールを送ったことからだった。
この間の練習のときに話していたゲームを貸してもらおうと思ってメールしたら、相手は今サイクリングの最中なのだと言う。
一人なのかと聞いたら「英士はエイゴで、一馬はスペシャルだから」という変な答えが返ってきて。(注2)
その内容は判らなかったが、三人が今日は別々に過ごしていることくらいは藤代にも判った。
チャンス、と頭の中に声が響いた。
いつも一緒にいる三人が今日は一緒にいない。若菜も、郭も、真田も、一人。
―――――――――真田も、一人!
藤代は気づいたときにはすでにメールを打っていた。「今日、俺と一緒に遊ぼう!」と。



メールが返ってきたのはそれから5分後のことだった。聞き慣れているはずの着メロがなぜかまったく別のものに聞こえる。
ドキドキしながらボタンを押した。
次の瞬間、藤代は携帯電話をきつく握り締めて唇を噛んだ。
機械的な文字が断りのメールをさらに冷たく見せているような気がして。



真田が自分のことを嫌いなのかもしれない、と思うことは実は何度もある。
それこそ選抜では必ずと言っていいほど顔を合わせる相手なのだ。いくら藤代とはいえ気づかないほど鈍くはない。
たしかに自分と真田はライバルだ。同じポジションを争うFW。敵と言ってもいいだろう。
でもそれでも、藤代は真田のことが好きだった。純粋に仲良くなりたいと思っていた。これほど親しくなりたいと思う相手は初めてだった。
藤代は明るさとその持ち前の性格でクラスでは常に中心にいるような人物だ。
そんな自分に周囲は気安く声をかけてきたし、藤代もそれに笑って答えるのが当然だと思っていた。
けれど真田は違う。
真田は自分には近づいてこない。フィールドではまだしも、その他ではまったくと言っていいほど藤代に関心を見せない。
最初はそれが珍しくてちょっと気になっただけだったのに、今では。
・ ・・・・・・・・・・・・・今では、もう戻れないところまで来てしまった。



「・・・・・・藤代」
クッションを叩く手を止めた。澄んだ、声。
「藤代。俺、真田だけど」
ドアの向こうから聞こえてくる声。同じ男なはずなのにどこか高く、それでいて綺麗な声。
知らず、視界が霞むのを感じて。
「藤代」
・・・・・・・・・名前を、呼んでくれてる。
それだけのことが、こんなにも嬉しい。
抱いていたクッションを手放して、腰を上げた。冷たいドアノブを、震えそうになる手で捻って。
小さな音を立てて、開けた。



自分だけに向けられる笑顔を、初めて見た。





(注2)スペシャル:「真田一馬が買い物や洗濯・掃除・料理など主婦的な事柄をこなす」の若菜結人的表現。元は「スーパー(真田一馬が買い物をするの意)」という古語だったが、内容が増えたため現在の言い方に変わった。
2003年5月12日