<真田、森へ行く3>





渋沢克郎は客を迎え入れる準備をしながら思った。
なぜ自分は武蔵森を選び、そしてなおかつキャプテンなんてものになってしまったのだろうか、と。



事の始まりは一人の後輩からだった。
サッカー部のとても優秀な、サッカーに関することだけを見ればとても優秀なエースストライカーの後輩が部屋でわめき散らしているからどうにかしてくれ、と部員たちにこぞって直訴されたのである。
部屋を訪れてみれば扉は天岩戸状態。ギャンギャンと犬のように吼える声に、同室者は耳を塞いで廊下に立っていた。
原因をどうにか聞きだした渋沢は、あぁまったくこの子供は、と思った。
自分の意見が通らないからヒスを起こすだなんて赤ん坊もよいところである。
けれどこの赤ん坊は凶悪なまでの破壊力をもっていて、このままで行けばまず間違いなく自分にも火の粉が降りかかってくる。
ご近所から苦情が来て、さすがにどうしようもなくなった渋沢は件の相手、『真田一馬』に連絡を取ることを試みた。
真田はとても常識の通じる(ときおり意外な意味で通じなかったりもするが)相手だ。
選抜のキャプテンという塵にも似た義理に同情してか、真田は来てくれると言った。
そして後輩の一人は言った。「俺が迎えに行ってきます」と。
その顔にはデカデカと『だからあの怪獣はよろしくお願いします』と書いてあった。
来年のキャプテンはこいつだ、と思った瞬間だった。



「すまないな、真田。わざわざ来てもらって」
応接室というものはないので食堂へと通すと、真田は首を振って否定する。
「いいよ、俺のせいでもあるし。それよりゴメン。土産とか持って来なかった」
「そんなこと気にしなくていいよ」
細やかな気配りが嬉しくてつい笑う。真田のこの心配りはとても心地よいものだ。
後輩(この場合は年下ほとんどを指す)に見習わせたいと渋沢は思う。
「郭や若菜と一緒だったのか?」
何気なく聞いた問いに、真田はお茶をすすりながら再度首を振る。
「結人は今日はサイクリングで、英士はエイゴだから」(注1)
「?」
大福を勧めながら渋沢は首を傾げたが、まぁ彼らとていつも一緒にいるわけではないのだろう。
そうは思っても渋沢にしてみれば真田・郭・若菜はワンセットにも近いものがある。
練習などで見ると常に三人一緒にいるからかもしれない。それか、三人でいるときの彼らが一番生き生きとしているからかもしれない。
どちらにせよ、見ていて気持ちが良いと思う。実力の見合った信頼関係というのは見ているだけで心地よい。
少しだけ羨ましいな、と思う自分がいるのも事実だけれど。



のんびりと会話をしていると階上でドタバタという大きな音が響いて、チラホラと埃が宙に舞って。
「・・・・・・・・・藤代、上?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・あぁ」
渋沢は肩を落として溜息をついた。
「じゃあちょっと行ってくる」
真田はそう言って席を立った。それを物珍しそうに見物に来る部員たち。
たしかに『真田一馬』という人物は有名だ。それこそ藤代と並ぶU-14のFWとして。そして藤代が騒ぐから武蔵森ではさらに名が知れていて。
そんな中、真田はまっすぐに歩いていく。



姿勢のいい背中が眩しくて目を細めた。





(注1)エイゴ:「英士が碁を打つ」の若菜結人的表現。英碁とも書く。
2003年5月11日