「天国の誕生日っすか? 7月25日ですけど」



7/25と書かれている日めくりカレンダーは三日前に部室内のゴミ箱へと投球されたばかりだ。
(猿野天国本人によって)





Duty Before Pleasure





「ど、どどどどどどどどうするーっ!? っていうかどうしよう! だってもう終わっちゃったよ! 終わっちゃったんだよ!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!!!!」
「と、兎丸君も司馬君も落ち着くっす!!」
ペイントの塗られた頬を真っ青に染めてムンクのごとく叫ぶ兎丸。
空色の髪の毛を夕日色に染めて寒くもないのにガタガタと震えだす司馬。
その二人を宥める子津の目にもうっすらと涙が浮かんでいて。
そんな三人を他所に辰羅川は眼鏡を押し上げようとして、間違えてモミアゲを押し上げた。
キューティクルなカーブがさらにクルンと曲線を描く。
「これは忌々しき事態ですよ・・・。よもやまさか三日前に過ぎてしまっていたとは・・・・・・」
犬飼にいたっては発言する生命力もないらしく、その褐色の肌を巷のお姉様方が羨むくらいに美白させていて。
一年生S、死亡寸前。



かたや二年生Sは死亡二歩手前らしい。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
猪里はその可愛らしいと評されるに十分たる顔を般若のように歪めていて。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
虎鉄はそのニヒルな笑みの似合うワイルドな顔を能面のように平らにしていて。
誰かこの二人の視界に入る者がいたならば、その人物は一瞬にしてレーザービームで焼き尽くされてしまうだろう。
それほどまでに強烈で極悪な雰囲気を二年生Sは醸し出していた。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まぁ、予定は狂ったけど今からでも祝うことは出来るのだ」
鹿目はそのぬいぐるみのようだと評判の顔を微妙に引きつらせ。
その隣では蛇神が常に首にかけている数珠を握り締めて経を唱え、その後うっすらと目を見開く。
「・・・・・・・・・部活を中止にするよう監督に申告する也」
そうして二人は、この部室内にいる野球部員たちの中で一番権力を持っているだろう同級生を見た。
見た後で二人は同時にその丸くなっている背中を蹴り飛ばしたいと思った。
「あはははははー・・・・・・・・・・チェリオ君の誕生日に教会の鐘の音を聞きながら二人でバージンロードを歩いて牧師様に永遠の愛を誓って神聖なキスをしようという僕の夢というかむしろ未来が・・・・・・・・・っ! そのまま新婚旅行でハワイ行って、初夜には可愛らしく恥らうチェリオ君に真っ白なシーツで泳いでもらって高く甘い声で名前を呼んでもらおうという僕のプランが・・・・・・っ!」
「Good-bye、牛尾」
獅子川が愛銃を構えると共に白球の弾丸が火を噴いた。
三年生S、約一名を除いて死亡三歩手前。(ちなみにその約一名はヘブンズゲートにて妄想中)





今もしも十二支高校と試合をしたならば二軍でも120%の確率で勝てるだろう華武高校にて。
何故かここでは一人だけ暗黒世界に足を突っ込んでいる人物がいた。
「・・・・・・・・・・録、どうしたング?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どうもしないング・・・・・・・・・」
いつもの朱牡丹らしい口調は欠片も見当たらず、発された答えには問いかけた久芒の口調が移っている。
これはかなり深刻だ、とそのとき華武高校野球部の部室にいた面々は内心で悟る。
「・・・・・・マジでどうしたんすか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どうもしないっしょ・・・・・・・・・」
「人の口真似しないで下さいよ」
やっぱ結構平気かも、と思いながら御柳はユニフォームからマントのついた制服へと着替えを再開して。
けれどその次の言葉には心臓を止めた。
「・・・・・・十二支の猿くんの誕生日って、今月の25日だったらしいいんだよねー(ToT)」
その瞬間、王者華武の部室は凍りついた。
夏の予選に向けて日々×印をつけて消されているカレンダー。
25という数字はとっくの三日前に黒く塗りつぶされていて。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・録、それは本当なのか」
「屑桐先輩は俺の情報を疑う気? ちゃんと信頼できるネットの情報屋にもらったんだから正確だよっ(>_<)」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうか」
屑桐の着替えるスピードがマッハ5に上がった。
「屑桐センパイ、抜け駆けはさせないっすよ?」
御柳の着替えるスピードがマッハ6に上がった。
「・・・・・・早く行くング」
久芒の着替えるスピードがマッハ10に上がった。
「俺の持ってきた情報なのにみんなしてズル気!!」
朱牡丹の着替えるスピードがマッハ12に上がった。
そんなこんなで騒がしい華武高校野球部の部室。
同校駐車場から菖蒲監督の車が指定速度よりも30キロオーバーで発進された。





一方、そんな動揺など知ってか知らずか暢気に自宅のリビングでくつろいでいる少年二名。
一人は今話題の張本人・猿野天国で、もう一人は周囲をこの喧騒に叩き落した沢松健吾である。
「天国。おまえ25日が誕生日だったってこと、みんなに言ってなかったのかよ」
「あぁ、言ってないけど。聞かれてないんだから言わなくて当然だろ?」
「まぁな。ってことはマネージャーさんたちは聞いてきたってことか」
誕生日当日の夕食を天国と共にレストランで過ごしたらしい十二支高校マネージャー陣(総勢7名)を思い描いて、沢松はニヤリと笑う。
やはり十二支高校野球部で特筆すべきは選手でなくマネージャーだな、なんて思いながら。
「あぁ、凪さんが聞きにきて。夜摩狐先輩がレストランの予約してくれたみてぇ」
「ハーレムだな。あと他は? あの真新しいキッチンセット、おまえが買ったんじゃないだろ?」
台所に置かれている、親友の沢松でさえ初めて見るブランドの統一されたランチョンマットやエプロンにナイフやフォーク。
「あぁ、あれは黒豹一銭。アイツ、十二支では沢松の次くらいに情報網を張ってるみたいだな」
「たぶんな。あっちのDVDは?」
「あれは凪さんの兄貴の剣菱さん。俺の欲しいDVDが良く判ったよなぁ」
どこから情報が漏れたのだろうか、などと間の抜けたことは聞かない。
猿野天国に関する情報といったら、握っているのは唯一人なのだから。
沢松は手元の腕時計で時刻を確認して笑った。
「さぁて、そろそろ来るんじゃねーの?」
「やっぱ? アイツらうるさいんだよな」
「そう言うなって。せっかくオマエの誕生日を祝ってくれるんだからさ」
五分後にはご近所迷惑なくらいに押されるだろうインターホンに同情して。
猿野と沢松は楽しそうに笑った。



三日遅れのハッピーバースデー。





2003年7月28日