「誰だ」



鋭い声に身を凍らせた
全ての動きは一瞬にして止めさせられた





feel a no pain





「今日はHRが早く終わったのだ」
「そうだね、練習がたくさん出来て嬉しいよ」
「手早く準備する也」



日頃共に汗を流す仲間たちと、活動場所へと行く途中
交す話は他愛もないものばかりで
でもそれが楽しい日常



このドアを開ければ慣れ親しんだ部室があって
盗まれるものもないことから鍵はついていない
ガチャリと捻ったノブの音がやけに大きく耳に響いた



「・・・誰かいる也」
「猿野なのだ」
「この時間にここにいるってことは、午後の授業は自主休講だったのかな?」



机にうつ伏せて寝ているように見えた
そんな後輩を先輩方は眩しいものでも見るかのように目を細めて
室内へ入ろうと一歩足を踏み入れた瞬間





「誰だ」





鋭い声に身を凍らせた
全ての動きは一瞬にして止められた



パッと切り替わった画面のように
顔を上げてこちらを見ている後輩に
先輩方は動けなかった



その瞳が自分のテリトリーを侵す敵に対してのものだったから



冷たい
冷たい
冷たい瞳





このこはだぁれ?





「あ、何だ先輩たちじゃないっすか」
打って変わったように笑顔を浮かべて
「いきなり部屋に入ってくるから誰かと思いましたよ」
明るい声
穏やかな瞳
一瞬前までの警戒心はどこいった?



「・・・・・・・・・」
「先輩?」
「・・・猿野、一年のうちから授業をサボるのはマズイと思うのだ」
小柄なピッチャーに彼はだって、と口を尖らせる
「高一の内容なんて空で言えますよ。教師も面白い話とかしないし。聞くだけ時間の無駄ですって」
「留年はしないようにする也」
静か過ぎる雰囲気を持つショートに彼は得意げに笑って
「大丈夫っすよ。計算してサボってますから」
笑う彼
どこか不自然
それはきっと見てしまったから



「・・・・・・猿野君」
「何っすか、キャプテン」



「さっきは寝ていたのかい?」



言われた内容に発言者の同級生は思わず身を固くして
キラキラとオーラを放つキャプテンは彼をじっと見下ろして
けれど、笑う



「寝てましたけど?」
いつも同じポジションを争う三年生とふざけるように
彼は、いつもどおりに、笑う



「でも僕らが部室に入ろうとしたときにはすでに起きていたね?」
「起きていたっつーか、起きたんですよ」



微かな微かな一抹の不安
胸を過ぎる



「猿野君は・・・誰かが来ると起きてしまうタイプなのかな?」



答え、聞かなければよかったのか



「タイプっつーか起きないと何されるか判らないでしょう?」
「・・・僕らはイタズラなんかしないのだ」
「あーうん、たしかにそうでしょうけど」



「意識がないと、誰に何されるか判らないでしょう?」



何でもないことのように、サラリと
本当にいつもの笑顔で
無理も計算も見えない瞳で



「傷ついてからじゃ遅いっすから」



聞かなければ、よかったのか



傷つく?
何に?
何が?
誰が?





誰が一体、彼を傷つけるの?





知っている
部活終了後にアンダーシャツを着替える彼の背中
薄くなった縦線の傷
見ない振りして視線を逸らす
それが当たり前になっていた



傷ついているのなんてずっと前から判っていたのに
泣き声や叫び声が聞こえなかったから
見て見ない振りをしていた
気づかない振りをしていた



そんな自分が彼を好きだなんて
言う資格も権利も何もない
好きだなんて



人が近づいてくる度に目を覚ます彼
穏やかに眠ることが出来ない彼
そして敵だと認識されかねない自分



距離を明確に見せ付けられた



それでも後輩はいつもどおりに笑うから
先輩方もそれに合わせるしか手はなくて
「守ってあげる」なんて台詞は
言ってはいけないような気がした



言う資格もない、気がした



無邪気に笑う彼に泣きたくなって
泣くだけで解決できればいくらでも泣くけれど
それでもどうしようもない場合
どうしたらいい?





また別の日、背の高い棚と大量の本に囲まれた場所で
日の光を浴びて穏やかに眠る彼
隣にはあまりに一緒にいることが自然すぎる彼の片割れがいて
茶色のフワフワした髪は彼の膝の上
いくら近づいても起きなくて
片割れが慈しむように笑ったから
泣きそうになったんだ



君が安心して眠れる場所があって本当によかった
よかった





そのポジションにいるのが自分ではないことが、とてもとても悲しかったけど





2002年11月13日