「(1)地上に静止している人が観測したとき、おもりに働く力を図示せよ」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・バカだろ、おまえ」





He sets a love trap for her.





清熊もみじはカーッと顔を赤くして言い返す。
「っんだとテメェ!」
「さっき似たような問題やっただろうが。それ見直してもう一回考えろ」
そう言って猿野天国は2・3ページ前の問題を指差す。
不承不承といった感じでもみじはそれを見直し、3分考えた後で答えを書き込んだ。
「正解。っつーかもっと早く解けるようになれよな。そんなスピードじゃテストのときに全問解けないぜ」
そうして次の設問を示す。
「(2)回転の周期を表す表を作れ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
沈黙が教室を支配する。
天国はハァッとため息をついた。



ことの始まりは野球部マネージャーのもみじが物理のテストで再試に引っかかったということである。
監督の意向により意外にも学年トップの天国に臨時家庭教師の白羽の矢が立ったのだ。
もみじは全力で嫌がったのだが、監督はニヤニヤと笑って流すのみ。
そうして監督公認の放課後勉強会が始まった。



天国は呆れたようにもう一度ため息をついて。
「おまえ、マジでバカだな」
今度はもみじも言い返せない。
「このまえ猫湖も教えたけど、あいつは一回でちゃんと理解したぜ」
「〜〜〜〜〜悪かったなッ!」
「別に悪いとは言わねぇけど。これからの時代は女も勉強くらい出来ねーと将来困るぞ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「嫁に行くにしても料理・洗濯・家事が出来なきゃ貰い手も見つからないだろうしな」
「――――――ちょっと勉強できるからって偉そうな口利くなよッ!」
もみじの言葉に天国は「バーカ」と一言呟いて。
「『ちょっと』どころじゃなく出来るんだよ。それに俺は勉強だけじゃなくて家事も出来るし。そんじょそこらの男と一緒にすんな」
そういえば。もみじは思い出す。
そういえば休日の部活のときに彼はいつも弁当を持参してるけど、あれはもしかして・・・・・・。
「まさか・・・・・・弁当も・・・・・・?」
恐る恐る聞いた答えは。
「ああ。俺の手作りだぜ」
だから野球部の面々が争うように欲しがっていたのか!
もみじは今更ながらに納得する。
たしかに先日の天国の食べていた弁当は彩りも華やかで美味しそうだった。
チラッと見ただけでもまるでデパートの売り物のように見栄えがよくて。
牛肉とニンジンの混ぜご飯がとても美味しそうだったのを覚えている。
デザートにブルーベリーの入ったエンゼルケーキまで持参していて。
「何で男があんなに料理できんだよッ!?」
思わず立ち上がって叫べば天国は楽しそうに笑いを漏らす。
「それ、男に対する偏見だな」
日頃『女』ということをバカにされるのを嫌っているもみじのこの発言。
もみじ自身も気づいて言葉に詰まる。
けれど天国は微笑したまま顔を上げて。
「俺の家は弁当を作ってくれるような人間はいないんだよ」
「―――――ッ!?」
「ほとんど一人暮らしみたいなもんだからな」
明かされた事実に息を呑む。
しかも天国は笑って言うから余計に胸が苦しくなって。
言う言葉が見当たらなくて視線を泳がす。
そんなもみじに小さく笑って。
「だから俺は家事も全部プロ級なんだよ」
話題の転換を図ると、もみじはホッと息をついた。
こんな天国の表情を見ていられなかったから。
「・・・・・・俺だって弁当くらい作れる」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「何だよその沈黙はッ!もういい判った!」
ビシッと天国を指差して。



「明日おまえの分の弁当を作ってきてやるッ!」



・・・・・・・・・・・・・・・言い出したら止まらない。



天国は微妙に顔をしかめた。
「・・・・・・・・・・・・おまえが?」
呟いた言葉にはこれ以上ないほど心配そうで。
それが『おまえが作った弁当は本当に食べられるのか?』の心配だと判ってもみじはさらにエスカレートする。
「俺だって弁当くらい作れるッ!!」
「・・・・・・・・・無理するなよ?夜摩狐先輩ならともかく」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜作れるんだよッ!!」
三年の控えめな(尚且つ二重人格な)先輩マネージャーの名を挙げられてもみじはカッとなる。
さっき猫湖の名前を出されたときも同じ。
天国の口から他の人の名前を聞くだけでチクリと胸が痛む。
その理由が何なのかは分からないけれど。
「いいか!?明日必ず作ってくるからな!!」
「ハイハイ。分かりました」
降参、と両手を挙げて天国は苦笑する。
こうと決めたら一直線の少女を微笑ましく思いながら。
「でも俺はそれなりに美味いものじゃなきゃ食わないからな?楽しみにしてるぜ」
口元を歪めて笑えばもみじは眉間にシワを寄せ始めて。
今日はもう勉強は出来ないだろうと天国は教科書を閉じる。
きっともみじの頭の中は明日の弁当に入れるメニューのことで一杯だろうし。
そんな少女を可愛らしいと思った。



まっすぐに自分を見る強気の瞳が割りと気に入っていて。
口を開けばケンカ腰だけれども、意外に女らしいその性格も結構好み。
本人は気づいていないみたいだけれど、どうやら天国のことが気になって仕方ないみたいだし?
これからしばらく楽しませてもらいましょうか。



天国はイタズラめいた目をしてニヤリと笑った。
目の前のもみじにどうやって少女自身の恋心を気づかせようかと画策して。
楽しそうに笑いを零す。



「明日の弁当、楽しみにしてるぜ」



ニコリと最上級の笑顔を浮かべて。
少女を罠へと招き寄せた。





『鳩時計の屋敷』の李様へ相互リンク記念に献上しました
2002年9月9日